アプリ「あの世通信」
私にそのサイトを教えてくれたのは、おばあちゃんだった。
お正月に久しぶりに会ったおばあちゃんは、急に老けこんで一回り小さくなったような気がした。その年の夏におじいちゃんが亡くなって、がっくりしたのだと思う。おじいちゃんとおばあちゃんはとっても仲が良くて、いつも一緒に旅行に行ったりしてたから。
「今年は喪中だからお祝いはしないけど、正月は楽しく過ごさせてやろうよ」
お父さんがそう言ったから一家そろっておばあちゃんの家を訪ねた。
お母さんが作ったお煮しめと、おばあちゃんが作ったお雑煮でささやかなお正月を過ごしたのだけれど……。
「美也ちゃん、ちょっと」
夜遅くなって、おばあちゃんが私にこう言った。
「美也ちゃん、パソコンとか携帯とか、得意よね?」
「得意ってほどではないけど、まあ、人並みかな」
高校に入ってからスマホを持たせてもらった。もっとも通信料はがっちりお母さんに管理されてるけど。
「あのね、教えてほしい事があって」
おばあちゃんは私の手を引っ張って、仏間へと行った。
仏壇の前に座布団を並べて座る。
「再会系サイト……って見せてほしいんだけど」
「再会系サイト?」
なんだそりゃ? 出会い系なら知ってるけど。
「……おばあちゃん、私、出会い系ならしないよ? 詐欺とかにあっても困るし」
「出会い系じゃなくて、再会系なのよ」
そんなサイト、聞いたこともない。
「なんでももう一度会いたい人とメールとか出来るんだって」
「なに、それ~。やばいんじゃないの? 一体どこで聞いてきたのよ」
「いきいきコーラス倶楽部で」
おばあちゃんが入っているお年寄りばっかりのコーラス倶楽部だ。
「とにかくさ、一回見せて欲しいのよ」
おばあちゃんは私の腕を掴んで懇願した。その真剣な目に私は負けた。
「しょうがないなぁ、もう。ヘンなサイトだったら責任とってよ」
「わかってるって、ほら、早く」
私は自分のスマホを取り出して、その再会系サイトという奴を検索した……。
「で、あったの? 再会系サイト」
親友の風香が身を乗り出す。
「そう、あったの!」
私はうなずいた。
「え~、どんなの、どんなの?」
マスカラのたっぷりついたまつげをパタパタさせながら風香の瞳がきらきら輝く。
「なんかね、自分の名前と生年月日でしょ、それから、会いたい人の名前とか、生年月日とか、命日とか、色々入力するの」
「め、命日?」
「そ、結局さ、もう死んじゃった人で、会いたい人って事みたいでね」
「なんか怖くない?」
「いや、それがさ、結構笑っちゃうのよね」
私は思い出して苦笑いする。
「あの世通信ってアプリでさ。色々情報入力して、で、その人からのメッセージがくるの。ほら、よくあるじゃん? 前世占いとか、あなたの仕様書とか、ああいう感じ」
おばあちゃんはおじいちゃんのデータをそこに入力した。そして出てきたメッセージはと言えば、
「佳代子へ。こっちは楽しくやってますので、心配ご無用。あんたがやってくるまでは、羽根伸ばしてるから、あんたはゆっくり来なさいね」
という、なんともそっけないものだった。おばあちゃんはすっかり白けてしまったようだ。
「なんだ。もっと過激なのかと思った」
風香が唇を尖らせた。
「うん。でもさ、結構注意書きとかが面白くてね。天国に行った人からはメッセージがすぐ出てくるんだけど、地獄行きの人の場合は、一応ワーニングが出るんだって。『お客様の訪ね人は現在地獄に在籍です』って」
「で、呼んだらどうなる訳よ」
「さあ、知らない。やってないもん。他にもね、『なりすましにご注意ください』とかってのもあった」
風香がけらけら笑いだす。
「なりすましって、なにそれ」
「でしょ? おかしいよね~」
私もつられて笑いだした。
「それって無料なんでしょ?」
「そう。有料にすると個別でメールもらえたりするらしいよ」
「あの世から?」
「そ、あの世から」
二人でくすくす笑っているとチャイムがなった。風香は慌てて自分の席に戻っていった。
よくある無料アプリのひとつ。それ以上の興味は全然そそられなかったが、風香は違ったらしい。なんだか結構ハマってしまって、時々アクセスしているようだった。
「こないださ~、織田信長って入れたの。そしたらなんて出たと思う?」
「うん?」
「あなたの訪ね人は現在生まれ変わっておられるので、あの世にはおられません……だって~」
「あはは、そんなメッセージもあるんだね」
「ジュリにも教えてあげたらさ、ツボだったみたいでさ」
私の知らないところで、密かにこのアプリは流行って行きそうだった。
春になって学年が変わった。春だというのに、悲しい出来事があった。
おばあちゃんが交通事故に遭って亡くなった。風邪をひいて、お医者さんに行く途中、歩道から転げ落ちて、たまたま通りがかったバスにひかれた。熱でふらついたのだろうという事だった。
その悲しみも癒えぬ間に、今度は風香が急に学校に来なくなった。最初は風邪をひいているという話だったが、十日たっても登校してこない。どうやら不登校になったらしいという噂がまことしやかに流れ始めた。心配になって私は何度も電話をしたが、風香は電話にすら出てくれない。メールもたくさん送ったが、返信はなかった。
それから一月ほどして、風香が亡くなった。私はお通夜にもお葬式にも行った。明るい笑顔があふれている風香の遺影を見ていると、涙が止まらなかった。
なんで不登校になって、引きこもって、自殺なんかしちゃったんだろう……。親友だと思ってたのに、何も相談してくれなかった。なんで言ってくれなかったんだろう。
勉強机につっぷして泣いていると、ふと思い出した。
「そうだ、あの世通信……」
ただのお遊びアプリだ。そんな事はよくわかってる。でも、でも、嘘でもいいから、風香としゃべりたい。風香に会いたい。
私は自分のパソコンを立ち上げて、あの世通信にアクセスした。
風香の名前と、生年月日、そして命日を入力する。
エンターキーを押す。
画面が変わり、別ウインドウが現れた。
お客様の訪ね人は現在地獄に在籍です。
「地獄……? 亡くなって間もないのに、もう地獄って」
私は腹が立った。デリカシーのないソフトだ。そう思いながらOKボタンをクリックする。
画面がまた変わってメッセージが現れた。
美也。……助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。
画面いっぱいに埋まる「助けて」の文字に私は思わず悲鳴を上げた。慌てて終了ボタンを押し、ホームに戻る。
身体がカタカタと震えていた。
なんてひどいメッセージなんだろう。もう二度とアクセスなんてするもんか。私は震えながらパソコンの電源を落とした。
しばらくパソコンには寄りつきもしなかった。でも、時間が経つにつれ、風香のメッセージが気になって気になってどうしようもなくなった。風香は『助けて』って言ってた。画面いっぱいになるまで、『助けて』と訴えていた。もしかしたら、引きこもっている時にもそうやって叫んでいたのかもしれない。それに気がついてあげられなかったのかもしれない。
やめておいた方がいい。あんな趣味の悪いアプリ、二度と触っちゃいけない。
でも……。
心の中でせめぎ合う。が、やがて、風香への思いの方が強くなっていった。
でも、一人じゃ怖いので、友達のジュリに付き合ってもらうことにした。風香がアプリの事を教えた友人だ。
「じゃ、やるよ」
「……うん」
私の部屋のパソコンの前で私達は顔を見合わせた。
あの世通信にアクセスし、風香の情報を入力する。エンターを押すと、あのワーニングが出た。
お客様の訪ね人は現在地獄に在籍です。
ジュリの指が微かに動き、OKボタンをクリックした。画面が変わり、メッセージが現れた。
美也。地獄は最悪だよ。私は、だまされた。だまされた。くやしい。助けて。
私達は青ざめた顔で画面をじっと見つめていた。
「だまされた……って誰にだまされたんだろう」
私はホームに画面を戻した。ジュリが私を見た。
「ねえ、風香とやりとりって出来ないの?」
「やりとりって言ったって……。あ」
私はホームの隅のバナーを指さした。
「ここ、有料だけどメールのやりとりが出来るって……」
「高いかな」
「さあ」
「割り勘で……やってみる?」
「う……ん」
私達は風香への思いと、好奇心に負けた。
有料サイトへ進み、また風香の情報を入力する。
「あたしの携帯のメアド入れるわ」
ジュリが自分のメールアドレスを入力した。
「一応フィルターがんがんにかけてるから、あんまり怪しかったらフィルターにひっかかると思うし。……いくよ」
「うん」
ジュリが送信をクリックした。
五秒……十秒……。
突然けたたましい音楽が鳴り響き、ジュリも私も腰が抜けるほど驚いた。
ジュリの携帯が鳴っている。
メールの着信を伝える明るい音楽。
ジュリはポケットから携帯を出した。
震える手でチェックする。
「栗山風香。風香……だ」
送り主の名前が表示されている。
アドレス詳細を確認する。が、なんの情報も出て来ない。見慣れた風香のメルアドも、あやしい数字とアルファベットの無意味な羅列も。アドレスは表示されていない。ただ、風香の名前だけが送り主の欄に浮き上がっている。
ジュリの指が動いた。
美也&ジュリ。 呼んでくれてありがとう。だまされたの、私。
文章はそこで終わっている。ジュリの指が返信を押した。
誰に? 本当に今地獄にいるの?
ここは地獄。だって自分で死んじゃったから。天国には行けないんだって。
だまされたって、誰に?
自殺した友達に。謝りたかったから。
何度も何度も謝って、でもなかなか許してくれなくて。
こっちに来たら、許してあげるって。
私が地獄に行ったら、代わりに彼女が天国に上がれるんだって。
だから、私……。
「莫迦か、あんたは」
ジュリがメールを見ながら怒鳴る。
ねえ、美也。こっち来てよ。私を助けて。
腰が抜けた。
「美也が私を誘ってる。地獄に来いって言ってる。やだ……やだ、やだ、やだ」
身体ががくがく震える。
ジュリは携帯の電源を切った。が、またメールの着メロが鳴り響く。
「切ったのに……今、切ったのに」
この薄情者。
でもいいもん。
これでジュリのメルアドもわかったし、美也のメルアドは元々知ってるし。
助けてくれるまでメール送り続けてやる。アンタ達がこっちに来てくれるまで。
ジュリが狂ったように必死の形相で携帯の電源を押しまくる。が、それをあざ笑うように着メロが鳴り響く。
あ、そうそう。
美也のおばあちゃん、やっぱりこっちにいるよ。
だからさ、美也も来てくれるよね。
「いやあああああ」
私は頭を抱えて泣き叫んだ。
風香が、おばあちゃんが、私達を地獄へ引きずり込もうとしている。
信じられなかった。
「莫迦げてる!」
ジュリは携帯をへし折った。思い切りゴミ箱の中へと叩きつける。そしてパソコンの画面を睨みつけ、有料サイトの定款を血走った眼で読む。
「なお、地獄在籍者とのメールの送受信において発生する料金については別途請求させていただきます。現金、カード等ではなくお客様の魂にてお支払いいただきますことご了承ください。再会系アプリ『あの世通信』管理人 死神」
ゴミ箱の中のへし折った携帯が、またけたたましく鳴り始めた……。
了
言うほど怖くはないけれど、あやしいメール・サイト・アプリにはご用心でございますよ。中にはあの世につながっているような代物もあるかもしれませんから。うふふ。