(9)
ススムくん達の“SHAKE A TAIL FEATHER”は圧巻の出来だった。
打ち合わせ2回と思えないほどのシンクロダンス。
動画配信サイトに投稿すると、問い合わせが続出。
今や話題の的だ。
TVや雑誌への対応はミセス・イシカワが引き受けてくれた。
ススムくんとゴンは次の作品に取り掛かっている。
彼らの感応力が一糸乱れぬシンクロダンスを生み出すことは理屈では判っていてもコレ程とは思わなかった。
“ココロを読める人類”を世界に受け入れてもらう助けにならないだろうか?
センターの黒クラウンで店内を伺いながら
頭の“スミ“で考えるナカムラだった。
「なんで、こんな所に駐車してストーカーまがいの事をしてるんだ!」
イシカワさんがゴネはじめた。
「いいじゃないですか。車返したら、帰るだけでしょう?」とボク。
「オレまでストーカーみたいでイヤだと言ってるんだ!」
「ストーカーなんて…。僕らは愛し合ってるんですよ。ホラ、こっち見てる。」
手を振る。
Aちゃんはツンと横を向いて奥へ行きお客と何か話してる。
「なんで、ソッポ向かれてるんだ。また、怒らせたのか?」
ワザと怒らせてるワケじゃないのに…。
気がつくと向こうからTが歩いてくる。眉間にシワ寄せて。
思わず見られぬよう、身をふせる。
後部座席のイシカワさんまでつられて身をふせる。
「なんだ?どうした?」とイシカワさん。
TはAちゃんの店へ入る。
にこやかに会話しているようだったがララァが顔を手で被うと
Aちゃんが何やら言いながらTを店から追い出した。
しばらく立ち尽くしていたが、もと来た道を戻っていった。
「ナカムラ、Tを追え!」
「なんで?」
「なんでじゃない!お前はオレの運転手だろ!」
渋々車を出す。Aちゃん、明日も来るからね。
ソロソロと車はTを追う。
Tと並ぶとイシカワさんは窓を開けさせた。
「T、久しぶりだな。」とイシカワさんが笑いかける。
近づいて来る不審車に不安気な表情のTがイシカワさんの顔を見ると
ホッとして笑い返した。
「ご無沙汰してます。」
イシカワさんは車を止めさせ、降りるとTを車に押し込んだ。
「メシまだだろう?積もる話しもあるし。メシ行こう!メシ!」とか、言いながら。
拉致?
「メシって、何処いくんですか?イシカワさん。」
とバックミラーを見ながらボク。
「“角屋”でイイだろ。」
「だから、車はセンターに返して歩きだ。」
「もっとイイ所あるでしょ。
接待用の“松下”でイイじゃないですか。経費使って。」
とボクが言う。
「そういうのはキライなんだ。
イザ必要な予算案を通す時に信用のないヤツの要求なんて通らないダロ。」
イシカワさんが言う。
石頭だなー。嫌いじゃないけどサ。
「ナカムラ、なんでお前が運転手やってるんだ?」とTが聞いてくる。
「こいつ、スッカラカンでウチで居候してるんだ。
小遣いが欲しいっていうからオレの秘書兼運転手で使ってるんだ。」
イシカワさんが答える。
バックミラー越しにガンを飛ばしあうボクとT。
「イシカワさんが秘書も置かず運転手付の所用車も置かず率先して経費節減を
行動で示していたのに、お前ごときの為に…。」
とボクに向かってTが言う。
カチンと来て
「お前こそ、イシカワさんに就職先世話になったクセに!」と返す。
イシカワさんが
「似た者同士だな。」と笑う。
面目なく黙る二人。
局の駐車場に車を置き、キーを返しに総務に向かうボクに
イシカワさんが言った。
「待ってるから早く来いよ。
それから“夕食はいらない、遅くなる”ってウチに連絡もナ。」
「えーっ、ボクもですか?」
「10年振りに3人揃ったんだ。イイじゃないか」
Tも“イヤだ!”って顔してますよ。イシカワさん。
“角屋”はイシカワさんのなじみの食堂兼居酒屋だ。
入所した頃から世話になってココのオヤジともツキアイは長いとイシカワさんが言っていた。
ボクもTもよくイシカワさんに連れられて来た。
カウンター席とテーブル席が4つの小さな店だ。
店に入ると「いらっしゃい!」とオヤジの声。
10年振りだ、歳はとったがオヤジ元気そう。
「今日はTとナカムラを連れて来たよ。」
ボクとTを見て
「久しぶりだネ。…たしかナカムラくんはTくんと同期だったと覚えてるけど…。」
「ナカムラ君、歳いくつ?」
「…35」
「には、見えないねー。」
いいんだよ、オヤジ。ボクのことは。
イシカワさんがお札を2枚渡しながら
「オヤジ、コレで3人適当にお願い。足りなくなったら月末に。」
「わかった。とりあえずビール?」とオヤジ。
「そう、ビール。」とイシカワさん。
カウンターにイシカワさんを挟むカンジでTとボクが座った。
オヤジがカウンターの上に瓶ビールとグラスを置くと
「ナカムラ君、お願い」と言う。
えーっ、と思いながら“しょうがナイ”とグラスとビールをそれぞれの前に置き
イシカワさんのグラスにビールをそそぎ、自分の分のビールをそそぐ。
「なんだ、Tにも入れてやれよ。」とイシカワさん。
しらんぷり。
イシカワさんが「見た目通り成長しない奴でね。」とTのグラスにビールをそそぐ。
Tが恐縮して「すみません」とグラスを持つ。
「とりあえず、オレは嬉しい。弟がふたり帰って来た。乾杯しよう。」
それから、オヤジが刺身の盛り合わせや空揚げ、酢の物など
居酒屋定番メニューを次々と出してきた。
オヤジはカウンターの上にしか置かない。
ボクが渋々イシカワさんとTの前に配膳する。
そんな事をしている内に他の客も入ってきた。
オヤジが
「ナカムラ君、注文聞いてきて。」という。
「エーッ、何でボクが!」とゴネるとイシカワさんが
「助けてやれヨ、世話ンなってるだろ」と言う。
しょうがナイと上着を脱ぎ、ネクタイを取り注文を聞く。
「刺身盛り合わせ竹ひとつ、焼き鳥2人前、ビール2本です。」
「ナカムラ君、ビールお願い。」
オヤジのヤツ、しっかり使うつもりだな。
いいでしょう。しっかりバイト代は頂くからナ。
ボクはオヤジから前掛けを借り腰のヒモを結ぶ。
客が入って来た。
「いらっしゃいませー。」とあいさつする。
何でこうなるんだ?
休日前夜のせいか客は入れ代わり立ち代わりひっきりなしダ。
野郎ばっかりなのが残念。
女性が来ても同伴だし。
イシカワさんはTにデリーでの事を聞いてる。
あれから3年、Tが殴った男は現在セクハラで訴えられてる。
もしも似たような事で君が彼に手を出したのなら私は君の弁護をすると。
君の復職を上に申し出たいと。
君は優秀な人材だ帰って来てほしいと。
Tを口説いている。
Tはイシカワさんに応えない。
店の雑音で聞こえてはこないが、ふたりの会話は頭に入ってくる。
酒でガードがゆるくなって
Tのララァへの気持ちや今までの事が流れ込んでくる。
デリーにいた頃のララァ。
初めて会ったのは15歳。
支局の門前で果物を売りに来てた。
学校の宿題をしながら、帰りの職員を目当てに果物を売っていた。
地元の教科書が珍しくて見せてもらい、ついでにバナナを買ったのが最初。
カワイイ友だちが出来た位にしか思わなかった頃の事。
ララァからは地元の言葉を習う替わりに勉強を見てやった。
言葉は通じないのに驚く程ララァは飲み込みが早かった。
そのうちララァが家の事情で上の学校に行けない事がわかった。
ボクはララァの父親に会い学費を援助したいと申し出た。
父親は「見返りは何か?」と聞いてきた。
ムッとしたが「友人として」と答えた。
納得はしていないようだが
「ありがたく、受けよう」と応えてくれた。
彼女は上の学校に行けるようになって、少しでも恩を返したいと
ボクの部屋の掃除や食事の世話をするようになった。
そんな事はイイから勉強して奨学金を取れと大学を目指せと
出来れば外国も見ておいでと彼女を励ました。
彼女はそんな世界があるんだと、いってみたいと目を輝かせていた。
彼女は期待通り学校で一番の成績を取り、奨学金も大学への進学も約束されていた。
そして卒業まであと1年という時、事件は起った。
現地職員への蔑視で以前から評判の悪い日本人職員が話かけてきた
「次長、どうやって女囲ったんですか?」
「しかも、あんなカワイイ娘」
「自分にも味見させて下さいよ。」
気が付いたら殴り倒していた。
うかつだった。
独り者の男の部屋に年頃の女の子が出入りする事を
周りがどういう風に見るかなんて考えもしなかった。
ララァへの配慮のなさに我ながら腹が立った。
起こしてしまった暴力事件は辞表を出す事でセンターにはケジメをつけた。
奴が訴えるなら訴えろと腹をくくったが何も起こらなかった。
後からデリー支局長や、現地職員が奴に
「訴えるのであれば不祥事を起こしたケジメをつけてから訴えろ」と
辞職を迫ったからだと知った。
ララァの父親に会い、ワケあって仕事をやめ日本に帰る事になった。
残り1年分の学費と大学に進学するための費用としてお金を用意した。
受け取ってほしいとお願いした。
父親は仕事をやめる理由を聞いてきた。
彼女が傷つくだろうと黙っているつもりだったが
自責の念が父親に事のあらましを話させていた。
父親は話を聞いてボクにいった。
「ララァを妻として迎えてほしい」と。
驚いたと同時に彼女を女性として見た事はないし、
広い世界を見せてやりたい、その為にもぜひ大学へいかせてほしいと言った。
父親は不思議そうに
「日本人とはそういうものか、とにかく学校は約束通り行かせよう」と
答えてくれた。
日本に帰ると、どうやって知ったのかイシカワさんが空港で待っていた。
ウムを言わさずボクを車へ押し込み、大学の研究員としてどうか?と言ってきた。
確かにボクを受け入れてくれる職場はそうナイだろうと申し出を受ける事にした。
それからしばらくして
Aちゃんがセンターを辞め、店を開いたと聞いた。
祝いがてら店を訪ねた。
「お帰りなさい。プロポーズしに来てくれたの?」とからかう。
祝いの花束を渡しながら
「どうせ、断るんだろう?」とボクも返す。
二人で笑う。
いつも通り明るくてキレイだ。
でも不思議とココロがざわつかない。
それから半年後ララァから電話がかかってきた。
父親には連絡先を伝えていたが、まさかララァから掛けてくるとは思わなかった。
「日本に留学したい」と言ってきた。
ボクは勤めている大学の学生課に留学生を受け入れる制度と
それに付随する奨学金があるかを尋ねた。
「ある」という事でララァにその旨を伝えた。
なぜかココロがざわついた。
春になりララァがやって来た。
迎えに行った空港で彼女を見た時、驚いた。
1年見ない間にずいぶんと大人びたカンジになっていた。
元々キレイな子とは思っていたが…。
それでもデリーにいた時のように無邪気に抱きついてこようとした。
ボクはあわてて彼女を止め、
「日本では人前でそういう事はしないんだ」とウソをついた。
ボクは初めて彼女に対する自分の気持ちに気づいた。
留学生の担当の職員に会わせ、学生寮に送りとどけ
「用事があるから」と逃げるようにその場を去った。
気持ちのやり場に困り、聞いてほしくてAちゃんに会った。
「好きな人が出来たなんて、ステキじゃない」と喜んでくれた。
「18歳なんだ。」
「ボクの事を親切なオジサンぐらいにしか思ってない」
「ボクの気持ちに気づいたら、敬遠されるだろうな。」
「でも、彼女が大学を卒業するまでは見守っていたい。
だから、Aちゃん。ボクと彼女の仲立ちしてくれないかな?」
「以前と同じ失敗はしたくないんだ。」
デリーで起こった事を話した。
「そんなに、臆病にならなくていいのに」
そう言いながら、彼女は承知してくれた。
そういう事でしたか。臆病なT。
彼女は十五の時からキミへの気持ちは変わらないよ。
自分の国を出て遠い日本に来たのもお前がココにいるからさ。
どうせ昼間も「彼女にふさわしい男が現れるまで…」とか言って
ララァを泣かしたんだろう?ボクも言えないけどサ。
そろそろ、他の客も帰り残っているのは
ボクとイシカワさんとTだけ。
…って二人寝てるし!
「ナカムラくん、ゴクロウサン。もう、上がってイイよ。」
「ふたりを送り届けてやってヨ。」とオヤジさん。
なんだかなー。
ヤロー3人居酒屋編。
なんだか重い。