(25)
Aちゃんは、まだ寝てる。
今日は水曜、店の定休日。急いで起こす事はない。
しかし、この身体。ボクの身体だよね。
そして昨夜、ピンポン攻撃してきた2人。
あの時、Hな欲望に負けてあいつら追い払ったけど、
もしかして、とてもマズイ事をしたのかな?
こんな時ダダに聞けたら…。
今、最大の問題は服が無い事。パンツさえも無い。どうしよう?
匂うな…。とりあえず、シャワーしよう。
こんな身体で…、Aちゃんゴメン。
洗面台で顔を見る。不精ヒゲだ。
これから毎日、剃らなくちゃいけないのか…。面倒だな。
シャワーを浴びながら、生身の身体の面倒臭さを考えていると思わず笑えてくる。
勝手だなぁ。あんなに自分が消えるのを恐がってたのに。
いざ、その不安が無くなるとコレだ。
今度はダダと、あの世界と繋がっていない不安が沸き起こってくる。
それでも、Aちゃんとずっと一緒にいられる。それだけは本当に嬉しい。
シャワーを終え、腰にバスタオルを巻いて、飲み物を探して冷蔵庫を開ける。
ミネラルウォーターを見つけた。コップ1杯飲み干して目が覚める。
さて、腹がへった。…でも、この格好とこのヒゲはまずいよね。
コンビニは500m先。Aちゃんの服は小さいし、職務質問されちまう。
チカラは充電中だけど、しょうがナイ。
ダイニングテーブルに突っ伏して、ボクの身体をイメ-ジする。
いつものナカムラを。
よし、出来た。
ボクの生身はダイニングテーブルで突っ伏して寝ているように見える。
サイフと部屋のカギを持って。パンツ、髭剃り、諸々揃えなくちゃ。
ウイークデイの住宅街の午前中。
ひと目がないのを確認して、ホップ、ステップ、ジャンプ。
上空50mからコンビニ確認。屋根に着地。建物横から降りる。
ムゥ考案、「スーパーボール」はこういう時、便利だ。
荷物の持ち帰りがなきゃ、いきなり目的地を想いうかべればイイけど
サイフを持ってるからネ。
パンツとTシャツと髭剃りセットとサンダル。歯磨き、歯ブラシ、安物のトレーナーの上下があるのは助かった。
例のように、人気の無い所で「スーパーボール」発動。
次はAちゃんのアパートを目指して降下。着地。…と同時に生身に戻ってる!
「ナカムラさん、風邪ひくわよ。」
Aちゃんに起こされて、集中が切れてしまったんだ!
ボクのサイフと買い物は?…外だ!
ボクはあわててアパートの外へ。
あった。良かった。
これが、もうちょっと早かったらボクのサイフと買い物はその辺に散らばっていた。
屈んでレジ袋の中身を確認。本当によかった。
「ナカムラ!」
見上げるとイシカワさん。
何で、いるの?仕事は?
「お前、本当の身体が来たって?もう、戻らなくってイイんだって?」
彼がハグしてきた。
嬉しいような、嬉しくナイような…。何しろ裸…!
「イシカワさん、とりあえず中へ入りましょう。」
ボクは彼を部屋に押し込む。
腰にタオル一枚の裸男と抱き合う中年男性なんて、怪しい事この上なしダ。
裸で出て行ったボクを心配して玄関にいたAちゃん。
いきなりやって来たイシカワさんとボクに驚いてる。
「おじゃまするつもりはなかったんだが…。A君、おはよう。」
気まずそうにするイシカワさんにAちゃんが微笑んで答える。
「おはようございます。イシカワさん、どうぞ。」
ダイニングテーブルのイスをすすめる。
ボクはその間に寝室に行き、先程買ったトレーナーの下とTシャツを着た。
戻るとイシカワさんに聞く
「ボクが幽霊でなくなったのを何で知ってるンですか?」
「今朝、ススムから聞いたんだ。」
「ムゥくんが“場所”で迷子になったお前を探しに向かって…」
ボクが迷子に?覚えているのはAちゃんのもとへ向かった事。
「たまたま、お前を拾った龍に出会って…」
ボクが龍に拾われた?そういえば…。
「A君に呼ばれたら戻れると考えて…。」
「龍に頼んで、お前の身体を彼女の部屋に送ってもらったそうだ。」
…ボクはAちゃんに呼ばれて目を覚まし、
良いムードをぶち壊した二人を追い払い…。
まずい…。殺人未遂の次は恩知らずダ。
最後に見たムゥは疲れていた。
あの後、ボクを探しに“場所”へ?
ダダがムゥを行かすワケない。
あいつ無理したんだ。
謝りたい。ありがとうって言いたい。
でも、コチラからは呼べない。“場所”に行くにはチカラが足りない…。
「ススムくん怒ってますか?…昨夜の事を。」
「いいや、お前が戻らないと知って喜んでるよ。」
ため息をついて
「もし、ムゥがススムくんを訪ねたら、ボクが“謝りたい”と“会いたい”と伝えてもらえませんか?」
「判った。伝えておくよ。」
Aちゃんがお茶を入れて、イシカワさんにすすめた。
礼を言いながら一口飲んでボクに向き直り言った。
「それと今朝のニュース見たか?」
「いいえ。」
「Oが職権濫用と書類偽造で検挙された。」
「次いで、総理大臣の責任問題が追求されてる。」
「午後からの記者会見で辞任するだろうってニュースは伝えてた。」
判ってた事ではあったけど…。
「彼等はボクらの恩人です。」
「そうだな。オレらにとってもだよ。」
「しかし、無精ヒゲのそんな格好のお前は初めて見たな。」
「いつも、ツルツルの顔してツンとしてたのにな。」
ボクをジロジロみながらイシカワさんが言う。
そうか、ヒゲを剃ってなかった。
思わず自分のアゴを触る。
イヤだな。ジョリジョリして、似合わないし。
「明日は、いつも通り出勤するよナ?」
「はい、お願いします。」
「じゃあ、明日。」
イシカワさんはAちゃんの出したお茶を飲み干して席を立った。
「パンツ買いに行ってたの?」
ヒゲを剃ってるボクを珍しそうに眺めながらAちゃんが聞いてきた。
今、聞かないでよ。顔、切っちゃうじゃない。ボクはうなずいて“ウン”と答える。
「言ってくれたら買いにいったのに。」
いいよ、そんな事まで。それより腹へった。と思うと同時にお腹が鳴った。
Aちゃんが笑って台所に戻った。
やがて、タマゴをカチャカチャと混ぜる音、ジュワーと焼けるフライパンの音が聞こえる。ベーコンを焼く香りがして…。
何だろう、この気持ち。ボクは忍び足で台所のAちゃんを覗く。
ひと目見て満足して戻ってヒゲ剃りの続きをする。何やってんだか。
遅い朝食が終わってコーヒーを飲む。
満腹だ。この感覚は久しぶり。
「よく食べるのね。」驚いた風にAちゃんが言う。
「そういう男はイヤ?」
「いいえ、大好きよ。ひとりで食べても楽しくないもの。」
「後片付けが終わったら、服を買いにいきましょう。明日、仕事でしょ?」
考えて見れば、Aちゃんとの初デートだね。
顔がニヤケて来る。
…でも、この格好で店には行けないな。今回は“幽霊”で行くしかないね。
ベッドで横になって、“ナカムラ”をイメージして…。
身支度を終えたAちゃんが入って来た。
ボクと生身のボクを見て驚く。
「気持ち悪い?」
Aちゃんがすまなそうに小さくうなずく。
「ゴメンね。さすがにこの格好じゃ買い物に行けないよ。」
とりあえず、仕事用のスーツを一着と替えズボンを1本。シャツを数枚。ネクタイ3本。それと靴。ベルト、ハンカチ、靴下。こんなものかな?
それとオフ用のジャケットとチノパンとカラーシャツとやっぱり合わせて靴とベルト。
給料の半分は消えるじゃないか。ウーン。
「Aちゃん、ズボンの裾直し終わるまでお茶しよう。」
ボクらは近くのカフェに入った。
席について、店員に注文をして改めて店内を見回す。
店内のTVに総理大臣の記者会見が映っていた。
Oへの指示があったのではないかの質問に「彼は正義感の強い人間なので止むに止まれずやったのでしょう。」と自身の関与は否定した。「しかし、彼を信用し便宜上様々な権限を与えていた事の責任はすべて私にあります。」「よって、私は政治から身を引きます。私を支持して頂いた皆様、申し訳ありません。そして、ありがとうございました。」事実上の辞任だ。
記者会見中継が切り替わると、今回の少年兵保護に関与したと思われる国連事務総長ゴンザレス氏への議会からの追及も行われるだろうとアナウンサーが言った。
以前から問題にされていた某国の少年兵の保護に今回、強行に行動を起こしたのかが謎である。とも…。
TVを見てるボクにAちゃんが聞いてきた。
「今朝、イシカワさんも言っていたけど、昨日は何をやっていたの?」
そうか、Aちゃんには何も言ってなかったね。
“応えてくれない子ども”たちの救出にララァの歌が効いた事から
少年兵の保護までの事を話した。
Aちゃんは驚いている。
「そんな事をしていたなんて思ってもいなかったわ。
お仕事休んで、確かに帰りも遅いとは思ってはいたけど…。」
「良かったわネ。その子達が助かって。ヒーローだわ。」
ボクだけの力じゃないし、犠牲もあったけどネ。
でも、掛けるだけの価値はあったと思ってくれてるハズ。
「それと、アナタが“幽霊”でなくなったのも、
夜中にススムくんともう一人知らない子がいきなりやって来た事も、関係あるの?」
モニター見てたんだ。
あの後、ボクは有無を言わさず彼女を押し倒していたからな…。
ボクは笑ってごまかす。
だって、知らなかったとは言え、命の恩人を追い返したなんて言えないし、
しかもHに負けてだなんて…。
ドン引きされる。
Aちゃんが“この人、また何かやったのかしら?”って顔で見てる。
そんな顔しないで、Aちゃん笑って。
「スーパーボール」出来たらイイなー。
長新太さんの「ゴムあたまポンたろう」って絵本を思い出しました。
そろそろ〆なくちゃナ。