(17)
リネはボクらが思うほどふざけた奴ではなかった。コト演奏に関しては…。
彼の父親が経営する音楽メディア屋兼貸しスタジオ。
小さくはあるがスタジオ設備はしっかりしたモノだった。
2,3回練習して、録音開始。リネの演奏は真剣だった。
彼の気迫に同調するようにララァの歌も素晴らしいモノだった。
1度でOKをもらった。
データの入ったメモリをもらう際にリネの父親が
もう2,3曲入れてディスクに出来れば知り合いに売り込むがどうか?と聞いてきた。
目的はララァを歌手にする事ではないので断った。
ボクはリネに「週1で店の前でララァの伴奏をしてくれないか?」と聞いた。
目を輝かせて「喜んで!」と答えた。
Tは…、怒るかな?
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「おはようございます。イシカワさん」
イシカワさんが出勤してきた。
「おはよう、ナカムラ。」
ボクはコーヒーをイシカワさんの机に置く。
「ありがとう。」
イシカワさんは携帯ネット端末で今日のスケジュールを確認している。
「イシカワさんこの間言ってた、ララァの歌のデータです。」
ボクはメモリを机に置く。
イシカワさんがメモリを見ると「再生してみてくれ。聞いてみたい。」と言った。
パソコンにメモリを接続し再生した。
「どうです?」イシカワさんは黙って聞いてる。
曲が終わると引き出しから名刺の入った箱を取り出し、その中から何か探してる様子。
「あった。ナカムラ、この人がウチの広告担当だ。」
「連絡取ってララァの歌が使えるか聞いてみてくれ。」
「イヤ、絶対使ってくれる筈だ。」
広告代理店「天通」のササキさんネ。
「センターの各支部長にも一応話しは通したからデータを送ってくれ」
「パソコンに各支部長の秘書のメアドがあるから。」
ボクは各支部に「困っている人達を歌で応援したいという余命短い病気の少女(?)の健気な気持ちを組んでやってほしい。できれば多くの人に聞いてほしい。」と同情を誘うような捏造文書と共にララァの歌を送ろうとした。
イシカワさんに見つかり怒鳴られた。「本当に油断もスキも無いな!」
結果オーライでイイじゃん。
「余命短い病気の少女」を「女性」に書き換えさせられた。盛り上がりに欠けるなー。
「ララァの歌を聞けば、そんな言葉は必要ない!」
オッ、ファン1号?
天通のササキさんは不在だったので伝言して歌のデータを名刺のアドレスに送った。
昼過ぎ、ササキさんから電話が掛かってきた。
「今、進行中の広告のテーマは“未来へ” “地球を守る”なので、もう少しテンポのある曲がイイです。…歌手の方に別の曲を歌ってもらえませんか?」
それでは意味がない。
「彼女は多くの困っている人を歌で応援したいと言ってるので…。
ムリを承知でお願いしました。ケッコウです。この歌の話は白紙にして下さい。」
「ちょっと、待って下さい。…惜しいなー。
…困っている人たちに聞いてもらえればイイんですよね?」
「はい。できれば早めに…。」
「また、掛けなおします。」
しばらくして電話がかかってきた。
「ウチの会社で国の海外支援策の広告を制作しています。私が担当ではナイのですが、アフリカで展開される広告で彼女の歌を使わせてもらえないでしょうか?」
願ったり叶ったりダ!
「ぜひ、お願いします。」
「では、後ほど担当から電話させます。彼女はプロの人ですか?」
「いいえ、素人です。恐らく楽譜も読めないとおもいます。」
「驚いたなー。何かの時はお願いします。名前は何と?」
「ラ…。ラーラです。」
名前は伏せたほうがイイよな。もしもの場合もあるし。しかし、中途半端な偽名。
「ラーラさんですネ。では、失礼します。」
「はい、ありがとうございました。」
電話を切る。
ヤリ!国内からじわじわと…と思ってたけど、アフリカに流される事になるとは!
よし!うまく転がって行け!
夕方、イシカワさんから「マンションに寄ってほしい」と言われた。
「何か、あったんですか?」
「お前を連れていかないとウチのが怒る。頼む!」
ミセス・イシカワが?…“ヒヨコ”の事だろうか?
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やっぱり、“ヒヨコ”の事だった。
ビーチボールの大きさを超えてる。
床に座ったリンちゃんが“ヒヨコ”をハグして「ヒヨコちゃん、カワイイ!」と言うと
“ヒヨコ”もマネして使い物にならない小さな翼でリンちゃんをハグして「ヒヨコチャン、カワイイ!」とクチマネをする。次はリンちゃんが「リンちゃん、カワイイ!」と言うと同じように「リンチャン、カワイイ!」と返して互いにハグしあってる。
どういう遊びだ?
「ナカムラくん、もう限界よ。アレどうにかして頂戴。」ミセス・イシカワが言う。
確かに、あれ以上大きくなるとドアからも出られなくなる。
しょうがない。龍に転送してもらおう。リンちゃんが泣いても知らないゾ。
「リンちゃん“ヒヨコ”さん、オウチに返してあげよう。」
「わかった。」あれ?あっさりしてるね。
“リンちゃん、本当にいいの?”リンちゃんのココロに話しかける。
“お母さんが心配してる。ヒヨコさんがリンにケガさせないか心配してる”
そうか、さっきのは“ヒヨコ”にお別れしてたんだね。
「お世話かけました。“ヒヨコ”連れて行きます。」
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“ヒヨコ”の足にヒモを結び連れて歩く。
遠めにはスーツ男が黄色の大きな風船を持って歩いてるカンジ。
薄暗くなった遊歩道のベンチに座る。
さて、龍にコイツをダダの家に転送するよう、お願いしよう。
“場所”を通って、龍のもとへ。
あれ?反応がナイ。寝てるのか?寝るってあるのか?
…違う。留守だ。ココに龍の“意識”がない!
ダダ!龍がいない!
“そうなんだ。「ちょっと、見てくる」って戻ってこないんだ。”
奥さんの所か?じゃあ、ボクの身体の転送は?
“龍が戻り次第だ。イヨイヨ危なくなったら身体に戻るしかないだろ?”
そんな、プロポーズしちゃったんだぞ!
“前にも言ったろ、想いが強ければ目的の場所、目的の時間に行けるって。”
“実際、ムゥはソコへ行けたし…。”
“ススムくんが引っ張ってくれたからってのもあるが…。”
…ボクには自信が無い。判ってるんだろ?チカラが弱くなってる事を。
そっちに戻ったら、もう地球に行けない。ボクは帰らない!
ダダは黙ってる。
やがて“龍が戻れば解決する事だ。心配するな。”と言った。
気がつけば、“ヒヨコ”が隣にいてリンちゃんにしてたようにボクをハグしてる。
そして「カエラナイ」とボクのクチマネをしてる。
そう、ボクは帰らない!
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いつものようにAちゃんの店に寄る。
“ヒヨコ”は店に入れないので、その辺にヒモを結ぶ。
風船のように漂っている。
店内にはリネがいた。
「今日は演奏する日じゃナイだろ?」とボク。
「こんなにきれいなお姉さんが二人もいて、お茶も飲めるんなら毎日来ますよ。」
とヌケヌケとリネがほざいた。
「お世辞も言えるのね。リネくん大人みたい。」とAちゃんがクスクス笑う。
Aちゃん、油断しちゃダメだ。
ララァは “ヒヨコ”が気になるみたい。ずっと見てる。
「ナカムラさん、外にいるのは鳥ですか?」
「そうだよ。」
「触ってもイイですか?」
「いいよ。」
ララァは鳥が好きなのか。
彼女は外へ出て“ヒヨコ”を触る。ボクもついて行く。リネもついて来た。
「ナカムラさん、この子しゃべるんですね。」
「クチマネが上手なんだ。」
「デリーにいたオウムみたい。この子どうするんですか?」
「飼い主募集中。たぶん誰も貰ってくれないと思うけど…。」
「Tさん、飼ってくれないかしら?」
いくらなんでもソレはナイだろう。
「何だったら、ウチのスタジオで飼ってもイイですよ。」とリネ。
Tがララァを迎えにやって来た。
“ヒヨコ”が「Tサン、Tサン」とララァのクチマネをする。
リネがムッとして、
「ララァさんのクチマネで“リネクン”って呼んでもらうからナ。」と
“ヒヨコ”に言う。
「なんだ、このイキモノは?」とTが聞いてきた。
ララァが「デリーのオウムみたいにしゃべるのよ。Tさん、お願い飼ってあげて。」
「ララァ、アパートじゃムリだよ。しかもオウムじゃないだろ?」
“ヒヨコ”が「Tサン、オネガイ」とTに擦り寄って行く。オマエ売り込んでるのか?
「Tさんが飼えないなら、リネくんにお願いするしかないわネ…。」とララァが言うと
リネがニターッと笑って「毎日、コイツの様子見に来て下さいネ。」と言う。
それを聞くとTが
「いいや、大学にどっか飼ってくれる所があるかもしれない。今夜はあずかるヨ。」と言ってしまった。(同情するよ、T)
「ありがとう、Tさん!」と抱きつくララァ。顔を赤くして動かないT。悔しがるリネ。
よし、“ヒヨコ”はオマエにまかせた。
「T、コイツはベランダにおいとけばフンもエサ取りも勝ってにやるから。」
「放し飼いじゃないか!無責任な奴め!」(そうともいうな。)
Aちゃんが出てきて「お店、閉めるわよ。」と言う。
「ボクが手伝うからララァは帰してイイでしょう?」
Tとララァを見て「いいわよ」と笑う。“ヒヨコ”を見て「風船?」と聞く。
「無責任な奴め!」か…。Aちゃんボクは…。
動物は責任を持って飼いましょう。