(16)
外が明るくなってきた。ススムくんが起き出す前に帰らないと…。
「ナカムラさん…。」
「ゴメン、起こしちゃった?」
彼女はシーツで身体を隠して起き上がると「待ってて」と言うと隣の部屋へ。
ウーン。そうやってシーツを身体に巻きつけているとローブ・デコルテの
ウェディングドレスを想像させるね。似合うだろうな。
やがて部屋着に着替えて彼女が戻ってきた。
「一緒に暮らしましょう。」
ボクの手の平に部屋のカギを握らせ、その手が開かない様に小さな両手で強く包み込む。「でも…。」とか「しかし…。」を言わせないように。
プロポーズしたのはボクなのに…。確かに籍も入れてないし、これからどうしようとも言ってなかった。そして、肝心のボクが“幽霊”のようなモノだという事も言ってない。
正体知られたら、ドン引きかな?でも身体がココに転送されれば…。
…彼女が傷つく事になってもかまわない。だって、もう手放せない。
どんなウソもどんな恥もどんな事もやるよ。覚悟を決めたよ。
「今晩からお世話になります。」顔を赤くして答える。
男としてコレは…。という返事だけど。
「私の事もお世話してネ。」と彼女が抱きついてくる。
「そりゃあ、もうウ~ンと。」とボクが笑う。
なんかムラムラしてきた。おっとR15だった。
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朝、センターに向かうボクとイシカワさん。
ココロを閉じてしまったススムくんの仲間たちの話とララァの歌の話を
イシカワさんに伝えた。
そして、彼女の歌を彼らに聞いてもらう為に方法がないだろうかと相談した。
「来年、センターの創立50周年という事で告知の広告を出してるんだが、
それに彼女の歌を絡ませる事ができないか広告代理店に聞いてみよう。
それと他の地域の支部長たちにもお願いしてみるよ。」
「そんなにイイ歌なら、火がつくかもしれない。」
「お願いします。」
「街頭ライブも短時間でいいから続けてみてイイんじゃないか?」
それもそうだ。話題になれば…。
「そういう子達が救われるのであれば、ススム達の存在を
受け入れてくれる助けになるかもしれないし。」
「そうなって欲しいです。」
「それと、話は変わるんですが…。ボク、Aちゃんの部屋に移ります。」
「プロポーズしました。彼女も受けてくれました。」
目を丸くしてボクを見るイシカワさん。
「…おめでとう。でも、お前その身体でどうするんだ。」
「身体はダダが何とかしてくれそうです。ずっとココにいます。」
そうか、そうかと言いながら、ボクの肩を叩く。
「それで、いつから移るんだ。」「今夜から。」
「急だな。じゃあ、今日は休んでいいぞ。片付けもあるだろ?
ウチのにもススムやリンにも一言声掛けてやれ。」
「明日の朝はこの間みたいに遅刻するなよ。」
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「おめでとう。“やっと”ってカンジかしら?」
皮肉まじりにミセス・イシカワが喜んでくれた。
ボクは笑う。(“やっと”って言うな!)
「でも…。あの“ヒヨコ”は連れて行くんでしょうネ?」
エッ?見るとソフトボールぐらいだったのがバレーボールぐらいになってる。
「お父さん」とか「お母さん」とかリンちゃんの声マネして漂ってる。
「なにか被害でも?」とトボケル。
「“大きくなる”とか“しゃべる”とか聞いてナイわよ。」と彼女。
「そりゃ“ヒヨコ”って言うぐらいですから大きくなりますよ…。」とごまかすボク。
「まだ、大きくなるの?」
アチャー、まずい事いっちゃた!リンちゃん助けて!
「お母さん、ヒヨコさん連れてっちゃダメ!」
ナイス、リンちゃん!
悔しそうにミセス・イシカワが黙る。
「ナカムラさんリネが何時でも録音できるって!」
「そうか、これからララァと話して時間を決めるからリネに伝えてくれる?」
「わかった。」
「キミとリンちゃんとはイツでも話せるから寂しくナイでしょ?」
「遊びに行ってもイイ?」
「歓迎だけど…ノックはしてくれよ。」
「?」
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閉店に合わせて、Aちゃんの店へ。
店を閉めるのを手伝ってから
「Aちゃん、お願いがあるんだけど…」
「ララァとTとそして君にも聞いてほしい事があるんだけど。キミの部屋を使ってイイ?」
少し間があって
「…いいわよ。」
「ありがとう。」
ララァが「どうしたんですか?」と聞く。
「Tは迎えに来るンだろ?」
「エエ…。」
「じゃあ、Tが来たらAちゃんの部屋に来て。」
ボクはAちゃんとアパートに帰る。
Aちゃんが「どうしたの?」と聞く。
「皆が揃ったらね。」と答える。
Tとララァがやって来た。
「いらっしゃい。どうぞ。」Aちゃんが迎える。
Tと顔を会わすと腹が立って何か言ってしまいそうになるので、
なるべく目を合わせない。Tも何か感じたのか今日は黙ったままだ。
「ナカムラさん、皆そろったわよ。」Aちゃんが言う。
小さなダイニングテーブルに大人が4人。額をつき合わすように向かい合ってる。
「センターでの話だから本当は外にだしちゃいけない事なんだけど最後まで聞いてほしい。」と前置きして警察庁での話をした。
「今後、こういう子ども達は増えていくはずだ。イシカワさんとボクは人類を継ぐ者だと思っている。だから国に管理させたくない。自然のまま普通の子ども達と同じように生活させたい。」
「何故、お前やイシカワさんはその子達を受け入れる事が出来るんだ。」とTが聞く。
「ボクもヒトの心が読めるから。彼らと一緒だから。」
言ってしまった。TもAちゃんもボクの事を“化物”って思うのかな?
「でも、ボクらにも礼儀はある。むやみやたらと人の心を覗いたりはしない。」
「流れ込んで来るモノや飛び込んでくるモノはしょうがナイけど…。」
「でも、ボクらにとって大切な事は感応力なんだ。皆がひとつに繋がっている事を感じあえる事なんだ。だから争いは格段に減るハズだ。知識の共有も容易くなる。説明は必要なくなる。世界は確実にステップアップする。信じてほしい。」
Aちゃんが聞く「私が何を考えているか、わかるの?」
「恐くて、覗けないよ。」Aちゃんが手を握ってくる。
「ありがとう」ボクはAちゃんに言う。彼女は微笑む。
間があって
「Tさん、私もナカムラさんと一緒です。心が読めます。恐いですか?」
Tが驚いている。「イヤ、キミの事は恐くない。…不思議だけど。」
「それと、イシカワさんのススムくんやリンちゃんもチカラを持ってる。」
TとAちゃんがボクを見る。
「ススムくん達は貧困や暴力で心を閉ざした仲間達に呼びかけてる。」
「ココロを閉ざしてるから呼びかけが届かなくて彼らはひとりだ。」
ボクはTに「だから、ララァの歌声で彼らに呼びかけたい。」
「ララァのチカラが必要だ。これから騒がしくなるかもしれないけど承諾してほしい。」
「ララァがヤルというなら僕はかまわないよ。」
「ありがとう、T」
「ララァ、明日さっそく録音したいんだけどイイ?」
「はい。」
Tが聞いてきた。
「あのサックス吹きの若造も一緒か?」
「スタジオをタダで貸してくれる。しょうがない。」とボク。
Tがララァに言った。
「ララァ、あの若造には気をつけるンだぞ。」
「そうだ。」ボクも同感。
「もう、ふたりとも大人げないわね。彼は子どもよ。」とAちゃん。
腰に手を廻すハグをやる子どもなんているものか!
“ヒヨコ”は、ホシヅルを登場させようと思ったのですが、ミセス・イシカワをごまかし切れないのでやめました。