(15)
ヌイグルミかオモチャだと思っていたのよネ。イキモノなんだ。
「ナカムラくん、あれ何?」
リンちゃんの後をフワフワついて行く“ヒヨコ”を見ながらナカムラ君に質問。
「“ヒヨコ”です。」彼がコーヒーを飲みながら答える。私と目をあわせない。
「私の知るヒヨコと随分違うけど…。」
「そうでしょうネ。」向こうを向く。
「リンが気に入ってるから捨てて来いとは言わないけど…。」
「これ以上、変なもの持ち込まないでヨ」
「気をつけます。」
「危険なモノじゃないわよネ。」
「大丈夫です。」
「世話はしないわヨ。」
「バルコニーを開けておけばフンもエサ取りも勝ってにやります。」
「イシカワさんが呼んでるので行きます。」その場を逃げるように出ていった。
何か隠してるわね。
あの“ヒヨコ”が成長したら皇帝ペンギンぐらいの大きさになって飛び回るなんて知ったら怒るだろうな。しかもヒトマネでしゃべるからうるさくなるし…。エサは基本、昆虫だけど、なんでも食べる。なんとかしなきゃナ。
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「リンのペットの“ヒヨコ”な…」アナタもその話ですか?イシカワさん。
センターへ向かう途中、イシカワさんが話し掛けてきた。
「“飛ぶ”というより“浮かんでいる”よナ。どういう仕組みなんだろ?」
そう、それは向こうの学者の間でもナゾ。
ダダも挑戦してたけど、しゃべるようになると痛ましくて出来んと、
解剖も実験も出来なくて挫折している。
厚生省のIならやるだろうな。50羽くらい送りつけてやろうか。
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その日の夕方、Aちゃんの店の前
ススムくんとサックスのケースをもってる少年が立ってる。
顔立ちもカワイイし、女の子にもてそう。もっと乱暴そうな子と思ったけど。
店の中を見てる。視線の先はララァ。
近づいて来るボクに気づいてコチラを見る。
ススムくんが手を振る。
「よろしく。ススムくんの家に世話になってるナカムラだ。」
右手を出すと、握手を返してくれた。
「初めまして、リネといいます。」見たカンジはイイ子そうだけど…。
「ススムは“ボクの先生“って言ってましたけど…。家庭教師の方だと思いました。」
「まぁ、そんな事もしてるよ…。」と返事をにごす。
「それより、キミに彼女の歌の伴奏をお願い出来ないかな?」
ララァを指さしてリネにお願いする。
顔を赤くして聞いてくる。
「本当ですか…!ぜひ、お願いします。」
この子は…。
リネは店内のララァを見つめてる。
ボクはススムくんに呼びかける。
“リネはララァが好きなのか?”
“キレイなお姉さんは大好きだよ。保健室の先生も好きって教えたでしょ?”
惚れっぽいってコトね。しかもお姉さん限定。
(Tはどんな顔するだろう?楽しみ、ヒヒヒ…。)
うわのソラのリネに「SMILEって曲、知ってる?」
鼻歌で「曲の始まりはこんな風な…」と説明すると眉間にシワ寄せて考えながら
ケースからサックスを出して演奏してくれた。「この曲ですか?」
「そう、そう。」とボク。ススムくんが恥ずかしそうにしている。
どうせ、音痴だよ!
「好きな曲です。彼女が歌うんですか?」「そのつもり。」
「楽しみだなー。」コラコラ、そんなに熱視線送るな。
閉店時間になった。
「ほら、男が3人もいるんだ。店じまい手伝え!」とススムくんとリネを店の中へ押す。
「Aちゃん、店閉めるの手伝うよ!」
「じゃあ、店頭に置いてる商品と日よけ片付けてちょうだい。」
リネはすでにララァに取り入ってる。自己紹介も済んだようだ。
ララァの対応はススムくんと同レベル。しょうがないネ。
Aちゃんが店のカギを閉める。
ボクは帰ろうとするララァを呼び止め「SMILE」を歌ってくれないか?と頼む。
「今ですか?こんな街頭で?」と困っている。
そこをなんとか!と手を合わすボク。
するとリネが演奏を始めた。まずは、前奏から。ウマイじゃないか。
リネが“さぁ”と言わんばかりにララァをうながす。
ボクは歌詞カードを彼女に渡す。
ララァが「少しダケですよ。」と歌い始めた。
Smile though your heart is aching
笑ってよ 今はつらくても
Smile even though it's breaking
笑ってよ 今は傷ついていても
When there are clouds in the sky
今は空が雲に覆われていても
You'll get by If you smile
キミが笑顔を忘れなければ超えて行ける。
With your fear and sorrow
恐れや悲しみさえも越えて行ける。
Smile and maybe tomorrow
だから笑って 明日にはきっと
You'll find that life is still worthwhile
君のために太陽が輝きだすんだ。
すごい…。この間のは鼻歌程度だったんだ。
気がついたら、立ち止まって聞くヒトに囲まれてる。
ララァの歌が終わると拍手喝采。
恥ずかしがってどうしようと顔を赤くして皆にお辞儀するララァ。
リネは親指立ててドヤ顔。
もう、終わりなのかと人々が散り始めた。
Aちゃんもビックリしてる。
気が付いたらTもいた。
ララァの側に寄ると
「こんな才能があったなんて…。音大でも入り直すカイ?」と聞いてる。
お前は教育パパか?大学なんか行かなくっても歌えるダロ!
ボクの側で同じようにTにガンを飛ばすリネがいる。
顔を赤くしてTに寄り添っているララァを見て
「あの人は彼女の何ですか?」
コレを言っちゃ、諦めちまうんだろうな。
「ララァの婚約者。」
「似合わないね。オレのほうがよっぽどイイ。」
…お前、スゴイ奴。波乱のニオイがする。ワクワクする。
さて、“歌姫”かどうかは知らないけど、ララァの歌は使える。
「どっか、録音スタジオをタダで貸してくれる所ナイかな?」
「それと音源を彼らに聞いてもらえる方法だな。」
それを聞いて、リネが
「スタジオだったら、父に聞いてみます。
もう一度、彼女の伴奏をオレにさせてもらえませんか?」
「なんか、…ゾクゾクします。彼女スゴイです。」
「じゃあ、お願いするよ。決まり次第ススムくんに連絡して。」
「はい。じゃあ」
リネはララァの側に寄ると、散々ほめちぎって、
最後にはハグしてホッペにキスまでしていった。
その間、Tの事は無視。若いってスゴイな。
Tは引きつりながらも“オトナ”らしく笑って耐えている。お前禿げるぞ。
それでもララァの反応が“子ども”に対しての対応だからだろうけど。
ん?アイツ…。Aちゃんにまでハグしてホッペにキスしてる!
「コラーッ、ボクのAちゃんに触るなーッ!」ボクが怒鳴る!
リネが笑って逃げていった。あのヤローッ。
ボクがAちゃんに駆け寄ると「大人気ないわよ。」って笑われた。
頭の中でダダの声が
“前も言ったよな?「墓穴掘るときゃ穴二つ」って”
うるさい!
ボクはララァにススムくんの呼びかけてる仲間の話をして、
もう一度歌う事をお願いしようと彼女の方へ歩いていた。
…そういえばススムくんは?
周りを見回すとススムくんがうずくまって座っていた。
「どうしたの?具合わるいの?」
「ララァの歌がすごくて…。やっぱり“歌姫”じゃない?」
それは、どうかな?
「とにかく彼女の歌をラジオから流して聞いてもらおう。
そうすれば彼らもキミの話を聞く気になるかもしれない。」
「うん。」
「そうだな、ボクよりもキミがララァにお願いしたほうが聞いてくれるかもしれない。」
「言えそう?」
「わかった。ララァお姉ちゃんにお願いしてくる。」
ススムくんがララァの方へ歩いて行った。
ララァの歌う「SMILE」はもちろん、チャップリンの「モダン・タイムス」の「SMILE」です。