(14)
夕方、マンションに帰る。
珍しくススムくんとリンちゃんが出迎える。
ボクとイシカワさんの不安を読み取ったのだろうか?
「ただいま。」とイシカワさんがススムくんとリンちゃんの頭をなでる。
“大丈夫だよ”と、いう風に。
でも、リンちゃんは泣き出した。
イシカワさんは彼女を抱き上げ「大丈夫だから…。」とアヤす。
ミセス・イシカワが“どうしたの?”って顔で出てきた。
HOSのロボットアームが現れ、タオルをイシカワさんに渡す。
イシカワさんがリンちゃんの涙やハナ水を拭いてやる。
「リンお嬢様“ドタえもん”のお時間ですよ。」とHOS。
彼女はイシカワさんに降ろしてもらうと、TVへ駆け出していった。
ススムくんが言う。
「どんなに、リンが話し掛けても応えてくれない子がいて…。」
「それで、寂しいって泣いていたんだ。」
警察庁での話を読まれたと思った。
イシカワさんとボクはホッとした。
「話し掛けても応えてくれないって…、どういう事?」とススムくんに話かけながらボクたちの部屋へ向かった。
目の端に「どうしたの?」とミセス・イシカワに聞かれるイシカワさんを見ながら…。
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ススムくんとゴンとのPVは世界中で配信され、それと同時に彼等のネットワークも広がっていった。新しい人類だけでなく彼等よりも年上のさらにはその親達も巻き込んで。それでも、ネット環境があってアル程度の生活のできる人たちのネットワークだ。ココロを感応しあえるススムくん達が話しかけているのはココロを閉じてしまった仲間たちだった。貧困、戦争、虐待、子どもという弱者であるというだけで暴力を振るわれココロを閉じてしまった仲間。どんなに外に救いを求めてもムダだと絶望し、さらに酷いモノを見ないよう硬いガードをココロにかける仲間たちだった。
「あの子達があのままではボクは心から笑えない。」とススムくんが言う。
そうだね、キミたちはそういう質だものね。
しかし、ココロを開いてくれないのでは呼び掛ける事も出来ない。
「“歌姫”でもいれば…。」ボクが言う。
「“歌姫”?」
“歌姫”は歌でココロを通わす事が出来る能力者の事だ。
ヒトの感情に直接訴えてくる音楽や映像は強い力を持つ。
“歌姫”の能力はその力をさらに上回る。
多くの人間を煽動する事さえも可能だ。
危険であると委員会が管理しようとした事もあったが
当時の委員長の“事が起る前に管理しようとは何事か!”
“人は互いに尊重し合わなければならない”と却下された。
(本当の所は委員長が彼女のファンだったというだけなのだが…。)
“歌姫”の能力の使用はその本人の判断にまかされた。
何かしらの実害が発生した場合は裁判の後、判例よりも重い刑罰を処す。となった。
それでも“歌姫”の出現は稀なのだ。
ナカムラが知っているだけでも歴史上2人。
現在“歌姫”は不在だ。
「“歌姫”ならココロを閉ざしても、耳に聞こえてくるからね。」
「ララァお姉ちゃんは歌上手だよ。」とススムくん。
ソレは知ってる。確かにララァの力の潜在性は感じるけど。
“歌姫”がアノ程度とは思えない。
でも、ダメ元でやってみるか?
「ススムくん、誰か楽器を…そうだなサックス吹ける友達いない?」
「いるよ。ホラ、ボクをいじめてた上級生。彼はサックスうまいよ。」
上級生?そういえば、名前も歳も聞いてなかったな。
「名前?リネって言うんだ。15歳だよ。」
15歳!五つも下の子イジメテたのか!ウーン、問題ある子かな?
とりあえず会ってみるか。
「会ってみたいな。」
「じゃあ、ナカムラさんが仕事の帰りにAちゃんの店で落ち合うってのは?」
「ボクとリネは店の前で待ってるよ。」
閉店してからララァに会ってもらえたら手間が省けてイイかな?
「じゃあ、明日落ち合おう。」「わかった。」
「それと、別の話なんだけど…。」
「キミたちの間で警察に通報した子の話とか聞いた事ある。」
「通報?みんなやってるよ。当たり前の事でしょ?」
ススムくんの話はこうだ。
たとえば、ひったくりを誰かが目撃する。その“ひったくり”が逃げていった方向に誰かに呼びかけると応じてくれる子がいる。そうやってリレーして最後に“ひったくり”がどこそこに居ると通報する。悪い事ではないし、皆ゲームのように参加してくれる。というのだ。
ある時は家にいて頭の中に女の人の助けての声を聞いて大勢でかけつけた事もあった。側にいた男は驚いて逃げた。という。
「女の人は、ありがとうって言ってくれたよ。」
「…そうだね。キミたちは正しいよ。」
彼らは困ってる人に見て見ぬふりが出来ない。
そういう質なのだ。だから止められない。
怖れられてるから目立つ事をするなとは言えない。
どうすればいいのか?
「それがどうかしたの?」
「いや、ちょっと聞いてみただけ。」
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夕食の後、バルコニーでイシカワさんにススムくんから聞いた話をした。
「そうか、当たり前か…。」イシカワさんが言う。
「厚生省が彼等のDNAを調べるにしても個人情報の保護や、調査費用の予算捻出でそう簡単に調べる事はできないだろう。」
「ただ、あのOやIのようにススムたちに恐れを抱く人間は増えるだろう。
その前に世間に彼等が次代を継ぐ新しい人類なのだと分かってもらう方法はないのか。」「そうですね…。」二人で黙り込んでしまう。
ミセス・イシカワが声をかけてきた。
「ダーリン、身体冷やすわよ。…聞かれたくナイ話なの?」
「違うよ、星がキレイだなーって…。なぁ。ナカムラ。」
ぜんぜん、誤魔化しきれてナイですよ。イシカワさん。
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Aちゃん、具合よくなったかなー。
ちょっと、覗いてこようかな?
ススムくんは寝ている。少し離れた簡易ベッドで寝たフリして彼女の部屋の前へ移動。HOSに見つかるとうるさいからナ。
ちょっと遅いかな…。寝てるかな?どうしよう?
ドアが開いた。「モニターに映ってるわよ。」って笑う。そうでした。
「気分、どう?」ボクが聞く。
彼女は日本茶をいれながら「今日一日休んだから、平気。」
「二日酔いなんて、もうコリゴリよ。」って笑う。
なんとなく、視線を外すAちゃん。
そうか、今朝ボクたちは…。なんかボクまで赤くなるじゃないか。
黙り込む二人。
「ナカムラさんの病気って何なの?」
「?」
「治らない病気なの?」
「でも、元気そうだし。10年前もそれで姿を消したの?」
「何で、ボクが病気なの?」
「だって“一緒にいられない”って…。不治の病かなんかで余命がナイのかって…」
Aちゃん、そんな風に思ってたんだ。思わず彼女を抱きしめる。そして笑ってしまった。
ああ、Aちゃん、Aちゃん、Aちゃん。それでも受け止めてくれるんだ。
ボクは彼女を抱きしめ笑う。Aちゃんは呆気にとられている。
でも、Aちゃん。余命少ない病人に対してキンケリに平手だなんて扱い粗くない?
登場人物がまた一人増えそうだ。
行き当たりばったりで書くから…。