(10)
タクシーを呼び、二人に声をかける。
イシカワさんは何とかヨタヨタと自力でタクシーに乗り込んだ。
Tは反応がない。
男なんて触りたくもないのに…。
面倒なのでチカラを使う。
Tをお姫様ダッコして(ウゲゲ)
タクシーの座席に投げ込んでやった。
驚くタクシーの運転手とオヤジ。
「見かけに寄らず、力持ちだなー。」とオヤジ。
さて、まずはTを送ろう。
…と、何処へ?
Tに声を掛ける。無反応。
イシカワさんも同じく。
運転手に催促される。
困った、…ララァなら知ってるかな?
ちょっと遅い時間だけどララァを呼んでみる。
“ゴメンよ、Tが酒に酔って寝てしまって…。”
“送ってあげたいんだけど彼の家を知らないんだ”
“大変、とりあえず○○町に向かって下さい。”
運転手に指示する。タクシーは走りだした。
オヤジの店を振り返るとオヤジがのれんを片付けていた。
オヤジ、バイト代忘れんなヨ。
タクシーが○○町に向かう途中、
ララァからTのアパートの様子が流れてくる。
そのスーパーは知ってる。
スーパー過ぎて最初の信号を左に曲がって…グレーの壁のアパート。
2階、どん詰まりの部屋ネ。
部屋の様子がないね?
ララァはこの部屋に入った事がないんだ。
どんだけTは石頭なんだか。
“ララァ、場所わかったヨ。ありがとう。じゃぁ、おやすみ”
“Tさんをお願いします。”とララァ。
アパートに着いた。
Tをタクシーから引っ張り出し、Tのカバンを手に持ち彼をおんぶして2階へ。
部屋の前に誰かいる?…ララァ!
「ダメじゃないか!こんな夜遅くに女の子がひとりで!」とボクが言うと
口に人差し指を当てて“シーッ”とボクに注意する。
「心配で、寮を抜けて来ちゃいました。」
来ちゃったモノはしようがナイ。
「ララァ、Tのズボンの右ポケットに部屋のカギないかな?」
「ありました。」
ララァが部屋のドアを開ける、ライトのスイッチはこの辺だよね。
部屋の明りがついた。
几帳面なTの部屋。
すごい散らかり様。想像もしてなかった。
本と資料と文字を書きなぐった紙がパソコンの乗ったテーブルを中心に散乱。
そしてクリーニングから帰ってきた洗濯物が無造作に置かれてる。
食事もココではしないのだろう。
冷蔵庫にはビールと飲料水ぐらいしかない。
それでも生ゴミが放置されてないだけヨシとしよう。
隣の部屋のベッド。
ここも床に本が山積み。
読みかけてそのまま開いて伏せられた本が枕の側にある。
ボクはララァにTの上着をぬがせてからTをベッドに降ろした。
クツと靴下をぬがせネクタイを取りシャツのボタンをはずし、
そのへんに丸まったブランケットをTにかけて明りを消し部屋を出た。
一部始終を見ていたララァが「慣れてるんですネ」と感心する。
これぐらい普通だけど、酔えない身としては確かにさせられる回数はヒトより多いかも。
パソコンの側に置かれた資料。
散らかった部屋の中でコレだけが大切そうにテーブルに置かれてる。
何気に覗いてみた。
“龍”の調査資料?昔のモノだろうか?イヤ、違う。
以前のデータを新しく解析し直したモノだ。
何故11年も前の資料を…。
突然、Tが起きだしてトイレに駆け込んだ。吐いてる。
ボクとララァに気づかずそのままベッドに倒れこんだ。
ボクは階下に降り自販機を探すとスポーツドリンクを3本買い部屋に戻った。
そしてララァにソレを渡して言った。
「水をほしがったらコレ飲ませて。
2日酔いにはビタミンCがイイらしいよ。後はヨロシク。」
「がんばれョ!」と部屋を後にした。
後ろでボクを呼ぶララァの声が聞こえるけど無視。
石頭のTがララァと向き合えるには酒の勢いが必要かもしれない。
ララァお前のガンバリ次第ではボクとAちゃんとの間の障壁“T”が消える。
頼むぞララァ。ボクを導いてくれ。
タクシーに乗ってマンションに向かう。
途中、自販機の前で止まってもらって缶コーヒーを3個買う。
タクシーの運転手に
「加糖と無糖、どっちがイイ?」と声をかける。
運転手は、ちょっと驚いて
「じゃあ、加糖を…。ありがとうございます。」とコーヒーを受け取る。
再びタクシーを走らせる。
ボクはイシカワさんの隣に座り、冷たい缶コーヒーを顔に押し付け
「イシカワさん起きてください。奥さんに怒られますよ!」と耳元で怒鳴る。
ビクッとして目を覚ます。
横目でボクを見て缶コーヒーを受け取り飲む。
「…もうちょっと、起こしようがアルだろ。」とボヤく。
ミセス・イシカワは酒に飲まれる男を嫌う。
酔ったまま帰るとロビーに放置だ。
ボクがイシカワさんに付くまでどうしてたんだろう?
「…Tの頭の中覗いたか?」
思いがけない言葉に驚いた。
「…覗くとかじゃないですけど、酒のせいでダダ漏れでした。」
イシカワさんがボクを利用した?
ボクの表情を見てイシカワさんが言う。
「最初から利用するつもりは無かったンだが…。
オレとTが話してる間、お前がコチラを見るから、
きっと何か読めたんだろうなと思って…。スマナイ。」
「Tにはウチに帰って来て欲しい。
それにはあの事件の弁明をしなければならない。
何故、あいつは頑なにしゃべろうとしないんだ。」
ボクは、頭の中に入ってきたTとララァの事。
あの事件の事をイシカワさんに話した。
「ありがとう、ナカムラ。これで何かしらの手が打てるよ。」
「…お前の事にしても、ずっとココにいて欲しいンだ。」
イシカワさんがボクの目を見て言う。
「ダダさん、何とかならんかナ。」
何とかって、ムリですよ。イシカワさん。
ダダも“ムチャブリすんな”って思ってますよ。
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デリーの夏は暑い。
休日の日中は何もやる気がしない。
涼しい場所を探し本を読んでるとウトウトしてくる。
そのまま夕方まで寝てしまう。
それでも、ジャマしてくる小さな友人は歓迎だ。
目を覚ますと覗き込むララァ。
「どうしたの?何して遊ぶ?」と笑いかける。
僕の目の前にいるのは…ララァじゃない。
これは…今のララァだ!
目が覚めた。
なんで、キミがいるんだ。
頭がイタイ。気持ちが悪い。
トイレに駆け込み吐く。
洗面所で顔を洗い、何があったかを思い出す。
…横になりたい。部屋に戻りベッドに倒れこむ。
「ララァ、水を…」あとは声にならない。
ララァがコップに水を入れて持ってきた。
体をずらしベッドの端で俯いたまま水を飲んだ。
水だと思ったのは、スポーツドリンクだった。
イイカモ。ちょっと落ち着いた。
「水を欲しがったらソレを飲ませろってナカムラさんが言ってたので…。」
ナカムラ?昨夜は角屋でイシカワさんと飲んで…。
イシカワさんの問いに答えられなくて
酒ばかり飲んで…その後、記憶がナイ。
「なんで、キミがココにいるんだ?」
「ナカムラさんがTさんを家まで送りたいから家の場所を教えてって言われて…」
アイツ、ララァに全部押し付けて帰ったのか!
「ララァ、大丈夫だよ。帰ってイイよ。」
「でも、もう門限過ぎてて帰れないし…。Tさんの事、心配だし…」
気持ち悪くなってまたトイレに駆け込む。
戻ってベッドに倒れこむ。
彼女が心配して側に寄ってくる。
寄るな、僕だって男だ。
そんなに近寄られると…。
あれから寝てしまったらしい。
気が付くと外が明るい。
まだ気持ち悪いけど夜ほどではない。
ララァは帰ったのかな?
何事もなかったと思うが。
シャワーの後、冷蔵庫のスポーツドリンクを飲む。
身体にしみ込むカンジ。
深呼吸をする。だいぶ良くなった。
ガチャとドアが開いてララァが立っている。
パンツ一枚の自分に慌てて書類を撒き散らしながら奥の部屋へ。
服を着てララァを探す。
キッチンでお湯を沸かしてる。
「ナカムラさんがシジミの味噌汁が効くって言ってました。インスタントでもイイって。」
「それと、グレープフルーツのジュースもイイらしいです。」
「ララァ、ありがとう。もう大丈夫だよ。帰ってイイよ。」
「でも、心配です。」
「お願いだ、帰ってくれ。」語気が強くなる。
しばらくして、ララァが言う。
「何故、追い払おうとするんですか?
デリーにいる時は笑いかけてくれたのに。」
「日本でのTさん変です。
いつも視線そらせて私の事ちゃんと見ないじゃないですか!」
頭痛がする。腹が立ってきた。
ララァの手首をつかんで壁に押し付ける、
身動き出来ないようにして耳元に囁く。
「男の部屋にひとりで入ればこういう事もあるんだ。」
彼女に背を向け「だから、帰ってくれ」と言った。
「私、Tさんが好きです。それでもココにいちゃいけませんか?」
「歳が違いすぎる。歳相応の男を探せ。」
「アナタでなきゃダメです。」
ララァが堪えきれずに泣き出した。
泣きながら僕の背中に抱きついた。
払うでもなく向き合うでもなく僕はそのまま、
彼女が泣き止むのを待った。
やがてララァがしゃべり出した。
母は父よりも10歳も若かったけど早くに亡くなった。
弟は病気で私よりも先に亡くなった。
一緒にいられる時間なんて歳とは関係ないと。
「僕でいいのか?」
「アナタでなきゃダメです。」
彼女に向き直って抱きしめながら
「キミのお父さんの許しを得たら籍を入れよう。」
「それでイイ?」
「はい。」
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カウベルを鳴らしながらナカムラ登場。
今日のカウベルがウエディング・ベルに聞こえる。
「ララァ、おめでとう!」
ボクは花束をもったまま、ララァをハグ。
キミは出来る子だと信じてたよ。
嬉しくて抱いたまま一回転してしまった。
ララァは目を丸くして唖然としてる。
「これで、じゃまなTがいなくなった。良くやった、ララァ!」
それを奥で聞いてたAちゃんが怒って出てきた。
「アナタはまだそんな事を言ってるの!」
そして、店を追い出された。
ララァは思った。
ナカムラさんもAさんとちゃんと向き合わないのだなと。
ララァとTの話がほとんどの今回。
シャァがララァに言ってたセリフ。
ナカムラに言ってもらいました。