好きになったファンに解釈違いと拒否されるアイドル
「星月聖奈!みんなにお星様あげちゃうよ⭐︎」
そう言ってアイドルグループの一人がポーズを取る。
夜空のような黒髪に青いメッシュの入ったストレートの髪。
耳で光る控えめな星型のピアス。
猫のような人懐っこさと、狙ったものを逃がさない大きな瞳。
笑うとできるえくぼが可愛い顔面偏差値高めの元気キャラ。
メンカラは青、厳密にはネイビーブルー。
星屑アイドルシューティングスターのセンター。
彼女の名前は星月聖奈。
「「「うおおお!聖奈は僕らの一等星!!」」」
ライブ会場では、彼女のファン達によるお決まりのコールが飛ぶ。
その中で、人一倍声の大きな男に、ステージ上にいた星月聖奈は手で♡を作るとウィンクをした。
狙い撃ちのファンサービスに、男だけではなく周りのファンたちも悲鳴のような歓声を上げる。
「おおっ葵隊長!今日最後のせいにゃんのファンサ、貰っちゃいましたね」
隣にいたオタク仲間が羨ましそうに声を掛けた。
「いやぁ、やっぱり星月聖奈は心が洗われますね……」
その声の大きな長身のオタクは、照れくさそうに言いながら胸に手を当てる。
よほど嬉しかったのか、このまま昇天しかねない勢いで、体が端の方からパラパラと粒子になりかけている。
「葵隊長っ!まだ死なないで!一緒にせいにゃんが武道館に行くのを応援しようって誓ったじゃないですか!!」
「おっと、そうでした。危うく召されるところでした」
「それより、葵隊長はこの後の打ち上げどうします?」
「あぁ、実は用事があって……」
「これからですか??大変ですね」
「えぇ、なので皆さんで楽しんで来てください」
そう言って、隊長と呼ばれていたオタクは今日のライブが終わるなり、その場を去った。
「あれ?葵隊長さんもう帰ったのか?」
「今日も先に帰った。どんなに忙しくてもせいにゃんのいる場所には必ず現れるオタクの鏡」
「超古参だけど、意外と謙虚だよな」
「害悪なファンが乱入してきた時、背負い投げで倒した伝説もあるしな」
「葵隊長のSNSフォローしといたら、イベントの取りこぼしはまずないな」
「スタッフとの連携もさりげなくてかっこいいよな。せいにゃん本人にもあーちゃんって名前で認知されてるし。」
「ホント、せいにゃんのTOはあの人に任せておけば安泰だよ」
一方、隊長こと水城葵は、帰宅後キッチンで夕飯作りに奮闘中だった。
ライブから帰るなり、もうすぐやってくる隣人と食べる夕食を作らなければならない。
今日は、朝に既に成形しておいたハンバーグを焼いて、ほうれん草のおひたし、切り干し大根を小鉢に盛り付け、まもなく完成といったところで、リビングに人の気配を感じる。
葵は、恐る恐る振り返ると、既にダイニングテーブルについて待っている人物がいる。
「ちよっ、なんでいるんですか、聖奈さん!」
「えー、そろそろご飯の時間かなと思って」
ダイニングテーブルには、Tシャツにハーフパンツのラフな格好をした女が足をぶらつかせながら、スマホでゲームをしている。
「正解ですけど、どうやって入ったんですか?鍵閉まってましたよね?」
葵は思わず玄関を見る。
すると、閉めていたはずのドアの鍵が開いている。
「ふふふっ、合鍵作っちゃいました♡」
「作っちゃいました♡じゃないですよ、なにやってるんですか?!返してください!」
「嫌。あーちゃんだって私の家の鍵持ってるじゃん」
「持ってますけど、僕の場合はあなたの事務所からお世話の為に借りてるんです。自分で掃除して、お風呂入って、朝起きられるんだったらすぐにでも返します」
「いっそさー、あーちゃんと私が一緒に住んじゃえば良いと思うんだ。愛し合う仲なんだし」
そう言って、女は♡を作ってウィンクをする。
それは、今日葵が最推しから受けたファンサと手の形から、ウインクの秒数まで全く同じである。
「愛し合ってません。僕はアイドルの星月聖奈が推しですが、アイドルとファンが付き合うのは解釈違いなんです」
葵は冷めた目で目の前の極めてプライベートな女、もとい星月聖奈を見る。
「えー、好きなんだから付き合えたら嬉しいもんじゃないの?」
「僕、自立した人が好きなので」
葵は真顔でさらりと言った。
「えーヤダヤダ!私はあーちゃんと付き合いたい!」
聖奈は子供のように机に突っ伏してバタつく。
そして、それを見た葵は聖奈の両肩に手を置き、さらに真顔で言う。
「駄々をこねない。あなたは3000人ファンのいるアイドルなんですから、もっと自覚を持ってください」
「こっこわっ!強火オタこわいよっ!」
聖奈は葵のあまりの気迫にプルプルと大人しくなる。
「だったら、変なこと言わないで下さい」
「ちぇー。ステージから見てる時はデレデレしてるのに、家にいると冷たい……」
聖奈は口を尖らせながら、また子供のように文句を言う。
「聖奈さん、そもそもその姿で星月聖奈を名乗るのが烏滸がましい」
「えぇっ??私本人なのに??」
「とりあえず、そろそろハンバーグ焼けるんで、聖奈さんは箸とお水用意してください」
「はぁーい」
葵はキッチンに戻り、夕飯の準備を再開し、聖奈は慣れた様子で箸と水のグラス、ピッチャーを用意する。
「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう……」
葵はため息をついた。
そもそもはじめはこんなはずではなかった。
彼は星月聖奈ガチ勢でありながら、距離感を大事にする紳士なファンなのである。
「あれさえなければ……」
思い出すのは、一か月前の出来事である。
その日、葵は星月聖奈のファンだけのリアルでの交流会、いわゆるオフ会の帰りだった。
まもなく開催されるせいにゃん生誕祭に向けてそれぞれどんなイベントを催すか、どんな祭壇を作るかなどの話を共有するライトな場だったが、彼は同じアイドルを推す仲間との交流終わりの独特な充足感に満ちあふれていた。
「いやぁ、持ち込みOKだったから、ついつい祭壇用の唐揚げまで作ってしまいました」
彼の推しである星月聖奈は「茶色くてご飯に合うものが好き」と男子高校生のような食の好みを公言している。その中でも唐揚げが好きらしく、葵は生誕祭用の祭壇を作るときは、必ず彼女の好きな料理も並べるようにしていた。
ほかのオタク仲間からは祭壇の写真をアップすると、「隊長の祭壇は愛にあふれているのに全く映えてなくて草」とコメントを貰うこともあったが、綺麗に作ることだけが全てではないと彼自身は思っていた。
そしてそんな唐揚げのタッパーを持ちながら帰宅したその日、家のドアの前に扉に背を預けるようにして、フードを被ったパーカー姿にハーフパンツの何者かが座り込んでいた。
小柄な体格と、フードからはみ出す髪の毛からおそらく女性だろうが、なぜ自分の部屋の前にいるのか、謎すぎる。
ただ、彼女がそこから移動してくれない限りは、葵も部屋に入ることができず、仕方なくため息をついて話しかける。
「あ、あの……」
葵はおずおずと話しかける。
「……良い匂いがする……唐揚げ……」
「え?」
一瞬、葵の時間が止まったような気がした。
唐揚げと言った彼女の良く通る少女と少年の中間のような声。
その声に、あまりにも聞き覚えがありすぎたのだ。
「わぁ!唐揚げだぁ!お腹すいてたんだよねぇ!」
女の声の方に意識がいってると、気づけば葵が持っていたはずのタッパーは手元から消え去っていた。そして目の前の彼女が抱えるように持っている。
「え?あれ?」
葵は、手元と彼女を何度か往復しながら目で追って、困惑する。
そして見つけてしまう、彼女がいつもつけている星のピアスを。
「なにこれ、超おいしい!チンして食べたい……あ、家に入れないんだった。……あれ?あーちゃん??」
そう言って、女はパーカーのフードを脱いで、男のほうを見る。
夜空のような黒髪ストレートに青メッシュの入った髪型。
人懐っこい性格で、大きな瞳と笑うとえくぼの現れる顔面偏差値高めの顔。
見覚えのありすぎる葵の推し、星月聖奈である。
「くっ……」
「何してんの、あーちゃん?」
「推しの顔が良すぎてこの距離で直視するのしんどいです」
「何それ、おもろ」
「……というか、なんでいるんですか、聖奈さん」
「なんかね、707号室にお引越ししてきたんだけど、鍵が開かなくて困ってた」
聖奈はそう言って、唐揚げをもぐもぐと食べながらも、「うーんどうしてだろう?」と難しそうに腕組をしている。
「……あの、ここは706号室で、707号室は隣なんですけど?」
葵は、そういって707号室のほうを見た。
「わぉ……じゃまさか……」
そう言って、聖奈は唐揚げの入ったタッパーを小脇に抱え、てくてくと隣の部屋に歩いていく。
そして、素手で唐揚げを食べた手を三秒ほど迷った後、Tシャツで拭い、ポケットから鍵を出して、回した。
かちゃっ
「すごい!あーちゃん開いたよ!」
「ワーヨカッタデスネー」
全く感情のこもらない声と、遠い目で葵は言った。
「よかった!それじゃ、今度タッパー返しに行くね、バイバイ、あーちゃん」
そう言って、聖奈は手を振って、部屋に入っていった。
しかし、そのあと施錠する音が聞こえない。
うちのマンションはオートロックではないのだ。
「ちょっ!!聖奈さん!!聖奈さん??」
「なにー、あーちゃん?」
まだ玄関にいたのか、インターホンを押さずとも、ドアをガチャリと開ける。
「いいですか、部屋に入ったら絶対鍵はしめて!あと、扉を開けるときはチェーンをかけて開けること!!」
「なんかあーちゃん、お母さんみたい」
聖奈は葵の過保護さにけらけらと笑っている。
「笑い事じゃないですよ!あなたはアイドルなの自覚してください!」
葵はその瞬間、推しのアイドルが隣に引っ越してくるシチュエーションに感動する暇もなく、ただただ不安だった。
そして、その不安は悲しくも大的中する。
「あーちゃん、なんか洗濯機から泡が止まらない」
「あーちゃん、台所が爆発した」
「あーちゃん、明日五時に起こして」
事あるごとに、星月聖奈が葵の家に訪ねてくる。
しかも、家事を手伝っているうちに、とうとう聖奈の事務所のマネージャーに葵が隣にいることがバレてしまった。
こうなれば聖奈が引っ越すか、葵が追い出されるかかと思えば、「ここ最近妙にちゃんとしてると思ったらそういうことですか。是非この社会不適合者の面倒を見てやってください!」と食費や生活費を渡され、逆にお願いされてしまった。
そして、ここ一週間はついに葵の家でご飯まで食べていると言った状況なのである……。
回想終わり。
「聖奈さんの事務所、一ファンを信頼しすぎだと思うんですよね」
ダイニングで夕飯を食べながら葵が言った。
「あーちゃんだからじゃない?本人公認、事務所や運営も一目置くTOで、実績もあるし」
聖奈はそう言って、嫌いな人参のグラッセを流れるように葵の皿にポイと投げ込んだ。
「実績?」
話をしつつも、それを見逃さず、葵はしっかりと人参グラッセを聖奈に返す。
それを見た聖奈の顔には明らかに絶望の二文字が浮かんでいた。
「ほら!前にナイフ持った人、ホイってして助けてくれたし」
聖奈は背負い投げのジェスチャーを見せる。
「あぁ、そんなこともありましたね……そういえば聖奈さん、ちゃんと部屋の鍵閉めてきました?」
「あ、忘れた」
「もうっ!またですか?」
「あとでで良いじゃん」
「ダメです。戸締まりは大事なんですから。行きましょう」
そう言って、食事の途中ではあるが、二人は聖奈の部屋に向かった。
「じゃ、鍵とってくるからちょっと待ってて!」
「はいはい」
ガラガラガラ……ガラガラガラ……
部屋のドアの前で待っている葵は、部屋から聞こえる何かをかき分けて進む音にため息をつく。
「この前片付けたばかりなのに……」
そして、片付けても片付けても散らかる聖奈の部屋を、次はいつ片付けるべきかと思案していた。
「キャアアアアッ!」
すると、部屋の中から聖奈の叫び声が聞こえる。
「聖奈さん?大丈夫ですか?」
葵はドアの向こうから叫ぶが、返事がない。
仕方なく、部屋のドアを開ける。
「聖奈さん?」
「……」
玄関でもう一度葵が彼女を呼ぶがやはり返事がない。
ゴトッ
その時、部屋の奥の方で物音が聞こえた。
「聖奈さん?」
そして、部屋の奥に広がっていた光景に葵がハッとする。
「ちっ……やっぱり入ってきたか」
「あーちゃん……」
見知らぬ男が包丁を持ち、聖奈の首元に刃先押しつけている。
「っ!だから戸締まりはしっかりするように言ってたのに……」
「ごめんてっ!」
絞り出すような葵の言葉に、聖奈は申し訳なさそうに言った。
「お前ら!俺を無視して話すなっ!」
「……あなたは?」
「俺は星月聖奈のファンだ!裏切り者に制裁を与えにきた」
「くっ……」
男はナイフを聖奈に近づける。
「裏切り者?何のことだ?聖奈さんはファンを裏切るようなことはしない!」
葵はハッキリとそう言った。
「嘘をつくな!せいにゃんは、大勢のファンを持ちながら特定の男と付き合ってる!」
男がハッキリとそう言ったのを聞いて、葵はポカンとした顔をしてる。
そして、数秒後、意識を取り戻した。
「……え?!ちょっ、どういうことですか、聖奈さん!見損ないました!!」
そして、男と同じぐらいの温度感で聖奈に叫んだ。
「ちょっと待って、あーちゃん!私も心当たりないよ!だって、この一ヶ月プライベートはほとんどあーちゃんと……」
「しらばっくれるな!TOのくせにアイドルに手を出すとは最低だな、水城 葵!」
そう言って、男は葵を睨みつけた。
「……え、僕??ちょっと待ってください!いつかシューティングスターのライブを彼女と見るのが夢な僕が、聖奈さんの彼氏のわけないじゃないですか!!」
「えぇ……」
聖奈はそれを聞いて訝しげな顔をする。
「嘘つけ!俺はこの部屋に監視カメラをつけて見てた!お前は毎日のようにここ来て、せいにゃんとイチャイチャしてたじゃないか!!」
「監視カメラなんていつ……あ、だから戸締まりは(2回目)「だからごめんて!」
流石に今日の事で聖奈も戸締まりはきちんとしようと心に誓っていた。
「お前ら俺を無視してイチャつくなっ!」
「誤解です!聖奈さんが毎日、洗濯機に洗剤一箱突っ込んだり、足の踏み場もないほど散らかしたり、キッチンを爆破したりしなければ、僕はこの部屋に入ってないです!!」
「えぇ……いや、そうかもだけど……」
「でっ、でも!付き合ってるんだろ??」
「はぁ?付き合ってるわけないでしょう。僕は(生活費と食費の)お金渡されて仕方なくこうなっただけです」
葵は冷ややかな目で男を見た。
その葵の表情と言葉に、聖奈も唇を噛んで複雑な顔をする。
「な、お前、TOのくせにせいにゃんのヒモなのか!!せいにゃん、こんな男と一緒にいちゃダメだ!やっぱりお前を片付けてから俺も死ぬ!」
「何でですか??」
男は聖奈を解放し、今度は葵に包丁を持って向かってくる。
「あーちゃん!」
思わず聖奈が叫ぶ。
しかし葵は、男の手から包丁を叩き落とし、さらに簡単に床に押さえつける。
「いでででででっ」
腕を捻りあげられ、男はあっという間に戦闘不能になった。
「聖奈さん。警察呼んでください」
「えっ……あぁ、うん」
その後、取り押さえた男は警察に連れて行かれ、二人は怪我もなく無事に助かったのだった。
「まさか、聖奈さんの彼氏だと勘違いされるなんて……ファンとしてのプライドが傷付きました」
葵は膝から崩れ落ちて、両手を地面に突き、ショックを隠しきれない顔をした。
「あーちゃんのそういうとこ、よくわかんないんだよなぁ」
警察が去って二人だけが残された聖奈部屋で、何ともいえないやり取りがあったことは、誰も知らない。
それから一週間後。
葵の家のインターホンが鳴った
また聖奈が来たのかと思い、葵がドアを開けると、がっしりとした体つきの半袖のワイシャツに軍手をつけた男たちが立っている。
「スター引っ越しセンターです。こちら、水城様のお宅ですね」
「え?」
「「「「失礼します!」」」」
「あ、ちょっとぉぉぉっ!」
屈強な男たちは葵が止める間もなく、雪崩のように家に入ってくる。
そして、あっという間に家の荷物を運び出してしまった
「あ、こちら星月様からの預かり物ですのでお渡ししますね」
「えっ…….えぇ……」
引っ越し屋からは、一つの封筒を渡される。
中には鍵と地図が入っていた。
「で、これ。どういうことですか?」
葵は部屋のソファに座りながら、隣にるんるんで鼻歌を歌ってる聖奈に聞く。
「いやぁ、色々あったからセキュリティを見直してお引っ越しすることになったんだよね」
「それはわかるんですけど、何で僕まで引っ越しを??しかもこれ、一緒の部屋ですよね?」
今までは、偶然隣に越してきたので手伝いをしていたが、今回は強制引っ越しで、しかも二人で一緒に住むことになっている。
間取りも2LDKで、ちょうどお互いの自室がある以外はほぼ、共用である。
「いやー、事務所が、こんなことなら一緒にした方がいいんじゃないかって。だから、今日からよろしくね、あーちゃん」
「なんでだぁぁぁっ!!」
ちなみに、葵は知らない。
聖奈の事務所が、駄目人間の聖奈の面倒を見てくれて、彼女の仕事を邪魔しない都合のいい男をあわよくば既成事実で押し付けられないかという思惑があることを。
2人のこれからが気になる方は、
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