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伯爵令嬢サディアの失恋 【サディア編最終回→エリオット編開始!】  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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第8話 サディア⑧

「あなたの侍女も一緒に来させても良かったのよ? あたくしの侍女だっているのだし」


馬車の中は広く、ご令嬢が夜会用のドレスを着用していても、五人か六人くらいは座れそうだった。


侯爵令嬢は上座に座り、わたしと侍女が下座に座った。


「いえ……、諸事情があって、わたし、いっそぶん殴ってでも、侍女の側から離れて……と言うか、逃げようとして」

「あらあら。あなた、大人しそうに見えるのに、意外に過激ねえ」


侯爵令嬢は軽やかに笑う。嫌味などではなく、本当に楽しそう。


「でも、殴るのはは駄目だと思って。どうやって、撒くか……、考えていたので」

「それで、あたくしの名を聞きもしなかったのね?」

「はい。お名前をお尋ねして、あなた様がどこの誰か、家の者に知られたくなかったのです」

「ふうん?」


じっとわたしを見つめてくる大きな瞳。きれい。水晶みたい。


このご令嬢になら、家出をするつもりだと言っても、引き留めたりせずに、楽しく笑い飛ばしてくれそう。


言ってしまってもいいかもしれない。

でも、なんて説明しようか……。

口をモゴモゴさせているうちに、ご令嬢のほうから切り出された。


「その諸事情とやらの話を聞きたいのだけど、その前にひとつ」

「はい?」

「単刀直入に聞くけれど、学院のお祭りの時の騒ぎ。『R』って……、ロバートのことよね?」


くっと、喉が詰まった。

ロバート様は、侯爵令嬢の、エスコートを、していた。

あなた様は、ロバート様……ハードウィック子爵令息とどのようなご関係なのですか?

聞きたい。

だけど、質問に質問を返すのは、礼儀に反する。

それに……侯爵令嬢の瞳は……とても澄んでいてきれいなのだ。

わたしを咎めるためとか、貶すため……なんかでは決してない。多分、だけど。

でも、エリオット様を囲むご令嬢たちがわたしを見る瞳とは違う。

わたしを蔑んでいない。

地味令嬢が天使のようなエリオット様と幼馴染だなんて身の程知らず……とあからさまに分かるような目つきではない。

だから、わたしは……答えた。


「はい」

「やっぱりね。ねえ、その話を……、詳しく、聞きたいの、だ、けれど……、いい、かし、ら……?」


はい……と、答えようとして、侯爵令嬢の息が荒いことに気が付いた。あれ? よく見れば……顔色も、青い?


「あ、あの……?」


侯爵令嬢は、顔をしかめて、目を閉じた。しかも胸を押さえて……。


「デライザお嬢様!」


侍女が叫んだと同時に、侯爵令嬢の身体がぐらりと揺れた。


倒れる! 


咄嗟に手を伸ばして、侯爵令嬢の身体を受け止める。


「申し訳ございません! そのままデライザお嬢様を支えてくださいますか?」


侍女に言われて、わたしは頷く。指示されたとおりに、侯爵令嬢の横に座り、わたしに公爵令嬢を寄り掛からせる。


「ごめ……なさ……」

「いいえ、お話は後で。まずは……」


まず……どうしたらいいのだろ?


侍女を見れば、彼女は馬車の小窓を開けて、いつの間にか、馬車の周りにいた護衛騎士たちに向かって叫んだ。


「お嬢様が発作を起こしたかもしれません! 誰か一人、先に屋敷へ、お医者様を……」


発作? 侯爵令嬢は何かしらの病でも抱えているの?

だけど、今、聞くこともできずに、わたしはただ、ぜいぜいと息の荒い侯爵令嬢を支えるしかできずにいた。


侍女は、馬車の隅に置いてあった鞄の中から革袋を取り出した。袋の口を結んである紐をほどき、革袋を侯爵令嬢の口元に寄せる。


「お嬢様。お水でございます。飲めますか?」


侯爵令嬢が震えるようにして口をつける。口元から垂れた水を、ハンカチでさっと拭う。侍女の慣れた様子にこれがよくあることなのだと、わたしには理解できた。


そのまま、馬車はしばらく走り続けた。

整備された一本道を突き進む感じ。角を曲がるような揺れはなかった。

馬車の小窓が閉じられたため、外の様子を窺うことはできないけれど、郊外へと向かっている気がした。街中であれば、こんなにずっと真っすぐに馬車が進むなどあり得ないだろうから。

発作を起こしたご令嬢を領地まで連れて行くわけはないだろうから、王都郊外にでも侯爵家のお屋敷か静養場所があるのかも知れない。


そんなことを考えていたら、馬車の速度が落ちて、そして止まった。止まったかと思えば、すぐさま馬車の外からドアが開けられる。


「デライザお嬢様をお部屋に!」


バタバタとした使用人の足音。さっきの侍女はあれこれと侯爵令嬢の症状を説明している。


わたしは……ええと、どうすることもできずに、馬車から降りて、そしてぽつんとその場で立ち尽くすしかできなかった。


さっきの侍女が私を見て、「お待ちください」とでもいうかのように目配せをした。

わたしは「分かりました」と頷く。


ご令嬢の対応で、わたしどころではないのだ。


だから、背筋だけはしっかりと伸ばし、黙って馬車の横に立つ。が、馬車はゆっくりと玄関ホールを出て行ってしまった。馬を厩舎に連れていくとかするのだろう。


わたしはそのままその場に立ち続け、失礼にならない程度に様子を窺う。


玄関ホールだけで我が家のタウンハウスが全部入りそう。とにかく広い。ダンスパーティなどが催される大広間のよう。凝った装飾のマントルピースの暖炉やソファ、代々当主の肖像画や絨毯。

さすが侯爵家。伯爵家程度のお屋敷とは程度が異なるわ。


それに、使用人の質も、かなりのもの。

いきなり見も知らぬ小娘が……、しかもわたしは家出しようとかなり地味な、商人の娘程度の服装でいるのだから、じろじろと見られて、こんな場所に何故いるのかと咎められそうなものなのに。


侯爵令嬢が乗っていた馬車にわたしも同乗していたのだから、侯爵令嬢が連れてきた娘と認識されているのだろう。だからなのか、わたしの近くを通り過ぎるときは、軽く会釈をしてくれる。


会釈はしてくれるが、客人なのかどうかも分からず、判断ができる侍女は当たり前だけどお嬢様優先。


多分、わたしは、侯爵令嬢が街で拾ってきた平民の小娘で、この屋敷で使用人となるのでは……とか、きっと思われているのね。だけど、お嬢様の馬車に同乗してきたのだから、もしかしたら使用人ではないかもしれない……って、受け取られているのかも。


だから、今はこのまま。

お嬢様の容体が一応の安定をしてから、誰かにどこかに案内されるだろう。


そう思って、そのまま静かに待っていた。


半刻も待っただろうか? 馬車に一緒の乗っていた侍女と別の使用人がやって来た。


「お待たせして申し訳ございません」


わたしに頭を下げてきた。


「いいえ」


わたしは名乗りを上げて、お嬢様のご容体が良くなられた後、ご連絡をお願いしますと言って去るべきなのだろう。

だけど、わたしはもう家には帰らない。だから、家名を告げても無意味。

どうしたらいいかな?


「申し訳ございませんが、客間にご案内いたしますので、しばらくご逗留願えますか? お客様のお家には使いの者を出しますので」

「ありがとうございます。ですが、事情がありまして、家に連絡は不要です」

「……そうですか。では、客室にご案内いたします」


わたしとしては、ここで時間をいくら潰しても構わない。

たとえ我が家の侍女が、伯爵家に着いてから、お父様とお母様に、わたしが見知らぬ侯爵令嬢に連れて行かれたと伝えられても、ここに乗り込まれることはない。


まず、侯爵家というだけでも、我が国には十五家ある。

その十五家すべてを訪ねて回るわけにはいかないし、そもそも伯爵家程度が付き合いのない侯爵家にいきなり問い合わせること自体が失礼だ。


わたしとしては、数日間このお屋敷に留まらせていただいて、その後他国にでも行かせてもらえれば、寧ろありがたい。


そうして、案内されたのはなかなかに落ち着いた素敵な部屋だった。

まるで絵画のような美しい壁紙、暖炉。タイルを貼ったマントルピースの上には小物が飾られ、暖炉の熱を避けるファイヤー・スクリーンに描かれている絵も華やかだ。

暖炉と反対側の壁には作り付けの本棚があり、古書や外国語の本、辞書などがびっしりと並んでいる。実用……というよりは屋敷の主人が自らの学識の高さをひけらかすためのインテリアなのだろう。


わたしをこの客間に案内してきた侍女とは別の使用人が、部屋のドアをノックして入ってきた。


「失礼いたします。お客様にお茶と軽食をお持ちいたしました」

「ありがとう。あの……本棚の書籍を読ませていただいても構いませんか?」


侯爵令嬢のご容体は心配ではあるけれど、よくなるのをボケっと待っているのも暇すぎる。


侍女は「ええ、もちろんです。お嬢様の指示がいただけるまで、お客様をお待たせしたしまうのですから」と返事をしてくれた。


わたしは使用人が用意してくれた軽食とお茶をいただいてから、本を読ませてもらった。


せっかくだから、隣国の言葉で書かれた物語を。

ただし、辞書を引きながら読み進める感じだけど。


しばらく没頭していたら、別の使用人がやってきて「デライザお嬢様が、お客様をお呼びです」と言われた。


「わたしがお嬢様にお会いしてもかまわないのですか?」

「はい。ただ、お嬢様がベッドから起き上がることはまだできませんが……」

「では、お体に触らない程度の短時間で話を切り上げます」

「お願いいたします」


赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いて、階段も昇って。

辿り着た侯爵令嬢の私室。私室と言っても侯爵令嬢の部屋であるから一部屋ではない。応接間や学習室のような部屋を通り、寝室まで案内された。


医者や使用人が出入りしていたためか、すべてのドアは開け放たれていた。

そして、一礼して寝室に入れば、そこに……。


ベッドで横たわる侯爵令嬢の横には……ロバート様……ハードウィック子爵令息がいた。



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