第14話 エリオット①
エリオット編スタート!
引き続きよろしくお願いいたしますm(__)m
「いいこと、エリオット。あなたは天使のように無邪気で愛らしいのだから、常に笑顔で素直にね。嘘はついては駄目よ。そうすれば、みんながあなたを愛してくれて、素敵な人生が送れるわ」
おばあ様の言葉に、五歳のときのボクは頷いた。
笑顔で。
素直に。
嘘は言わない。
ボクは、ずっとおばあ様の言葉を守ってきた。
笑顔で。
素直に。
嘘は言わない。
おばあ様の言葉通りにしていたら、周りの人たちはお父様もお母様も使用人も大人も子どもも、みんなボクを無邪気で愛らしい天使ともてはやしてくれた。
どこに行ってもボクは人気だったし、ボクの周りにはボクとお話がしたいとか、ボクが好きだとか言ってくる人が大勢いた。
みんなに大事にしてもらって、ボクは何の苦も無く、まるで春の陽だまりの中か温いお湯の中に浸かっているような感じで過ごしていた。
だけど、周りのみんなからはもてはやされてきたけど。
幼馴染で、将来ボクのお嫁さんになると思っていた、大好きなサディアだけは……ボクを嫌いだった。
嫌われていることを認めるまで、すごく長い時間がかかったのだけど……。
***
初めてサディアに出会ったときのことはよく覚えている。
ボクは誰からもチヤホヤとされて、ボクはそんなみんなににっこり笑う。天使みたいだって、何て愛らしいんだって言われ続けて。それが当たり前になった。
なのに、サディアは違った。
「サディア・マーガレット・ラズダンです。どうぞよろしくお願いいたします」
落ち着いた優しそうな声。こげ茶色の髪を瞳と同じ赤茶色のリボンで結んで。
そうして、小さな手でスカートを軽くつまんで、サディアは優雅に淑女の礼をとった。
「まあ……、きれいな礼ね」
お母様はサディアを褒めた。
「ありがとうございます」
サディアは、上気もしないで、謙遜もしないで、淡々と礼を言って、すっとラズダン伯爵夫妻の後ろに下がった。
「いやいや。うちのサディアは外見は美人でも可愛くもないが、マナーはしっかりしておりましてな。家庭教師にも褒められているんですよ」
「ええ、そうですの。愛嬌はないんですけどね。学習面はしっかりしておりますので。他家に嫁に出すよりは文官や王城の侍女にでもさせたほうが良いのでは……と思うときもございますのよ」
サディアのお父様とお母様は、褒めているのか貶しているのかよく分からないことを言った。
美人でも可愛くもない?
そうかなあ……?
ボクはよくわからないけど。おばあ様の言う通り、嘘は駄目なんだから、サディアのお父様とお母様はサディアを本当にかわいくないと思っているのかな?
ボクのことは、愛らしくてまるで天使みたいだと褒めてくださったんだけど……? サディアのことは褒めないのかな?
うーん……、親が褒めない子と仲良くしたほうが良いのかなあ、どうなのかなあ? あー、マナーとか学習面のことは褒めていたっけ?
うーん。ボクのヘンストリッジ伯爵領とサディアのラズダン伯爵領は隣り合っているから、これから何回もボクとサディアは会うんだよね?
だったら仲よくしたほうが良いのかな?
どうしよう。話してみようかな?
でも、話すきっかけがない。
だって、サディアはまるで侍女みたいに、サディアのお父様とお母様の後ろに控えているままだ。
すっとした綺麗な姿勢で。
もぞもぞしたり、きょろきょろしたりすることもなく。ボクと目線が合うこともない。
静かな子なのかな? ボクと会う女の子たちは、すぐにボクの側に来て、ボクの手をつかんだり、あれこれ話しかけてきてくれるんだけど……。
サディアからボクに話しかけてくれないと、ボクも話ができないんだけどなあ……。
喋るのはボクのお父様とお母様、サディアのお父様とお母様の四人だけ。
そのうちお母様が言った。
「サディアのようにしっかりした令嬢が、エリオットのお嫁さんになってくれたらいいわね」
お父様は「そうだな」と頷いた。
サディアのお母様は「そうね。遠くや、親戚付き合いに困るようなところにはお嫁に行ってほしくないわね。エリオットなら安心だわ」と嬉しそうだし、サディアのお父様は「なあ、サディア。エリオットのように美形の旦那様を持てば、自慢になるぞ!」とサディアに言った。
ボクは思った。
そうかー。親たちはボクとサディアが結婚することを望んでいるのかー。
だから、ボクは聞いた。確認した。
「お嫁さん? サディアがボクのお嫁さんになるの?」と……。
お母様はお笑いになりながら、言う。
「そうだったらいいわねーっていうお話よ」
そうだったら、いい。
サディアがボクのお嫁さんになることは、良いこと。
そうなのか。
そうなんだ。
だったら、ボクはサディアと仲良くしないとね!
側に近寄ったら、サディアからボクにお話ししてくれるよね!
だって、将来お嫁さんになるんだもの。
仲良くしてくれるはず!
うんうん……と、胸の中で頷いている間に、お父様たちはビリヤード室に向かった。お母様たちはソファに座って、お茶を飲みながらお話をするみたい。使用人がテーブルの上にはチョコレートとかクッキーとかを配膳した。甘い香りが漂ってくる。
残されたのはサディアとボク。もちろん使用人もいるけど……。
でも、こういう状態なら、サディアからボクに話しかけてくれるはず……。
そう思って待っていたのに。
サディアはお母様たちのソファから少し離れた場所にある椅子に座って、小さな手持ちの小袋からずいぶんと分厚い本を取り出した。
何だろう、あの本。ボクの持っている絵本はもっと大きくて、絵もかいてあるのに。
気になって、とことこ近寄って、じっと見た。
……字がたくさん並んでいるだけの本。絵もない。お母様が読むような小説でもない。
何だろうこの本。サディアから教えてくれないみたいだから、ボクから話しかけることにした。
「ねえ、それなに?」
聞いてみたら、サディアは不思議そうにボクを見た。
「辞書よ」
「辞書?」
「知らないの? 言葉とその意味が書いてある本よ」
「へー……」
最初の会話はこれだけで終わった。もう説明が済んだとばかりに、サディアはまた辞書に視線を戻したし、ボクと話をしようともしない。なんでだろう……?
しばらくの間、ボクはサディアの側に突っ立っていた。
サディアはボクに何も言わない。ボクのほうを見もしない。
他の女の子のように「隣に座っていいかしら」とか「エリオット様は何色が好き?」とか「一緒におやつを食べましょう」とか、なーんにも言ってこない。
ただ静かに。時折、サディアが辞書のページをめくる音だけが部屋に静かに響く。
使用人が「坊ちゃんとお嬢様のおやつはこちらに置きますね」と言って、お母様たちのと同じチョコレートとかクッキーを置いて行って。
サディアは使用人に「ありがとうございます。チョコレート、いただきますね」と、チョコレートを一粒、口に放り込んだ。
「ねえ!」
耐えきれなくなって、声を上げた。使用人には話しかけるんなら、ボクとだって!
サディアは、辞書から顔を上げて、ボクを見た。
「何?」
赤茶色の瞳にボクが映る。サディアがボクを見ている。
「ねえ、辞書って面白いの?」
サディアが首を傾げた。こげ茶色の髪と赤茶色のリボンが少しだけ揺れた。
「別に。面白いとか面白くないとかじゃないわ。これだと一冊で長い時間が潰せるから持ってきただけよ」
「時間って潰すの?」
時間って、ぐちゃて潰せるものなのだろうか?
サディアの言うことはよくわからなかった。
「ええ。だって。お父様もお母様もすぐには帰らないでしょう? 退屈な時間を潰さないといけないのなら、せめて少しでも有意義に使いたいわ」
退屈だったらボクとお話すればいいのに。
サディアがボクに話しかけてくれれば、お話もたくさんできるのに。
「えっと、退屈なの?」
「だから辞書を読んでいるの」
ボクと、お話は……しないのかな?
大勢の女の子が集まるときは、みんな、ボクとお話したいって、たくさんの女の子に囲まれて、目が回るくらいなのに。
サディアはボクが話かければボクのほうを向いてくれるけど。
ボクが話かけないとすぐに辞書に向かってしまう。
そのまま、また。サディアは辞書を読み続け……、ボクはただその横に立ち続けた。




