地雷系の女の子に愛されて夜まで寝られない件について 〜女の子だってあいしたい!〜
彼女とは深夜のコインランドリーで出会った。
夏の気配が色濃い季節。静かに鳴る機械音のなか、まだ終わらない洗濯物と暖かい空気に眠気を誘われていると、静かに彼女は現れた。
いわゆる地雷系ファッションに身をつつみ、黒髪に鮮やかなピンクのインカラーをツインテールにしている。両耳には五個のピアス。口にまで金属が光る。大きめなパーカーから伸びた腕には夥しいリスカの跡があった。
「こんばんは」
彼女はこちらをちらりと見てそう言った。
声は案外涼やかだ。つられて顔を見ると、整った愛らしい顔をしていた。
「……こんばんは」
ぎこちなく挨拶を返す。可愛い子だが、明らかにお近付きになりたいタイプじゃない。
その間も彼女はクロミの袋に入れられた洗濯物をランドリーへ詰め込んでいく。
ひどく甘い匂いが、した。
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一度目の出会いはそれだけだった。
時間にしてたった数十分。交わした言葉も一言だけ。明日になれば忘れるような出来事だったが、気が付けば、深夜の邂逅は当たり前になっていく。
その日はたまたまコンビニの袋を持っていた。中には弁当と味噌汁。いつもはカップ麺で済ませてしまうが、少しだけ人間の食べ物を食べたくなった。
「こんばんは」
また静かに彼女は現れた。いつもの袋に洗濯物をパンパンに入れている。
「こんばんは」
最近は俺の方も普通に返事を返すようになっていた。見た目は危ない子だが、意外と礼儀正しいと気付いたからだ。
「……これからお食事ですか?」
初めて彼女が挨拶以外の言葉を口にした。一瞬、自分に言われたと思わなくて反応が遅れてしまう。
「……ああ、まあ。今日はバイトが忙しかったんで」
お陰で言わなくても良いことまで言ってしまった。見知らぬ大学生のバイト事情など彼女も興味はないに違いない。
乾燥機の低い駆動音が、ぼんやりと頭の奥に響いていた。
「そうなんですね。何を食べるんですか?」
意外にも彼女はまだ会話を続けてきた。スマホをいじるより、多少顔見知りになった人間とこの空間を過ごすと決めたらしい。
別に隠す必要もないので、俺は素直にコンビニ袋の中身を見せた。
彼女はそれを見て、小さく眉を寄せる。
「あんまり身体に良くないですね」
その言葉と、形の良い眉が僅かに曇った顔が、何故か頭から離れなかった。
その翌日からだ。
俺の些細で平穏な生活を、なんの変哲もない保温バッグが侵食し始めたのは。
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「なんだこれ?」
玄関先に置かれた保温バッグを持ち上げて確認する。まだ温かい。
一瞬隣の住人かと思ったが、明らかにヤンキー崩れの男にハート柄の袋は似合わないだろう。もちろん遠く離れたところに住んでいる母親でもない。
不審に思ったが、ゴミをそのままにしておく訳にもいかず、持ち帰ってそのまま捨てた。
異変に気付いたのは、それが三日続いたからだ。
明らかに“これ”は俺に向けて届いている。
気味が悪くなってアパートの階段まで移動した時は、いつの間にか玄関前へ戻ってきていた。
もう気の所為では済まされない。
嫌がらせにしては手慣れすぎている。現に俺は、この三日で精神を壊し始めていた。
嫌で仕方なかったが、情報がなければ対処はできない。俺は初めて、持ち帰った保温バッグの中身を確認した。
中にはなんの変哲もない手作りの生姜焼き弁当。蓋には綺麗な字でカードが添えられている。
『明日もバイトですから、ちゃんと栄養のあるものを食べてくださいね』
それを見た瞬間、俺は口を押さえて洗面所へ駆け込んだ。
喉の奥から苦いものが込み上げてくる。散々えづいたあと、力なく薄暗い洗面所へ座り込んだ。
頭の中で、意味のない疑問だけがぐるぐると回っていた。
何故。
どうして。
カードからは独特な甘い匂いがしていた。
コインランドリーの彼女と同じ甘い匂いが。
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あの日を最後に、コインランドリーで彼女を見ることはなくなった。
代わりに、毎晩決まった時間に保温バッグだけが玄関先へ置かれている。
俺はもうあのコインランドリーへ行っていない。行く勇気が無かった。
なんの変哲もない俺には、この事態は重すぎる。
警察へ行くことも躊躇われた。そもそもハードルが高い上に、なんと伝えれば良いのかも分からない。
見知らぬ女の子から毎日弁当を届けられている?
意味が分からなすぎて、まともに取り扱われる気がしなかった。
彼女の姿は見えなくなったが、気配はより一層濃厚になっていく。
誰かに見られている気がする。
学校でも、バイト先でも、深夜のコンビニでも。
一週間もすれば、保温バッグは玄関先ではなく、自宅のテーブルの上へ置かれるようになった。
明らかに誰か人が入り込んだ空気。
俺はますます追い詰められていき、ほとんど自宅から出なくなったが、ちょっとした隙をついてそれは届けられる。
休みが一月を超えた頃、友人が心配して迎えに来てくれた。
俺はこの事態を誰かへ話すことで彼女が暴走することを恐れ、何も言えないまま大学へ復帰した。
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彼女の行動は徐々にエスカレートしていった。
最初は弁当が届けられるだけだった。
それが次は部屋の片付け。次は洗濯物。あげくの果てには布団まで干されている。
脱ぎっぱなしにしていたパーカーは綺麗に畳まれ、ポケットに入れたままだったレシートまで抜き取られていた。
干された布団からは、あの甘い匂いがした。
その全てに、綺麗な文字で俺を気遣うメッセージが添えられている。
恐怖することに疲れた俺は、なんとなく現状を受け入れつつあった。
人は恐怖にも慣れてしまうものである。
彼女は決して俺を害さないどころか、今や生活の面倒を完全に“みて”いた。
“みられている”ことを受け入れると、案外今の生活は悪くなかった。
誰かが帰りを待っている部屋の方が、ずっと静かだった。
ピンク色のインカラーに彩られた彼女の整った顔が脳裏に浮かぶ。
俺はどこで間違えたのだろうか。
彼女の質問に答えなければ良かったのか。コンビニで弁当を買わなければ? そもそもコインランドリーに行かなければ良かったのだろうか。
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今日の弁当にはカードがついていなかった。もう保温バッグを開ける手が震えることもない。まだ温かい弁当の箱をそっと取り出した。
中身は俺の好きなオムライス。端には少しだけ形の崩れたハートが描かれている。
真っ赤なケチャップで、ひらがなの文字が書かれていた。
『だいすき』
オムライスのケチャップ文字は妙に綺麗だ。ひらがなの丸みだけが、年相応の女の子みたいだった。
俺は思わずスプーンを口へ運ぶ。
甘酸っぱくて、俺好みの味付けだった。
暗い部屋にスマホの画面が淡く光る。
着信元は『発信者不明』。
そのままスマホを耳元へ当てて、俺は静かに息を吐いた。
「……美味しかったですか?」
涼やかな声が電話の向こうから聞こえる。
俺は食べ終えてしまった弁当の箱を見下ろしてから、小さく笑った。
「ああ、美味しかったよ」
電話の向こうで、小さく息を呑む音がする。
どこかから、あの甘い匂いが漂ってきていた。
純愛が好きです。




