第一話 鑑定しかない俺
――《スキル鑑定》。
それが俺の、たった一つの取り柄だ。
と言っても、大層なものじゃない。
見えるのは“名称”だけ。
炎魔法なら《炎魔法》。
剣術なら《剣術》。
それだけだ。
レベルも、詳細もわからない。
鑑定と呼ぶにはあまりに粗末な代物だった。
◇
冒険者ギルドの掲示板の前で、今日も依頼やパーティ募集の張り紙を眺める。
―――
灰穴でゴブリン狩り。
前衛一人募集。
現在タンク一人、魔法士二人
―――
目にとまった張り紙を剥がし受付に持っていくと、近くで待っていたのであろう依頼者を案内された。
「前衛はできるか?一応聞くが......スキルは?」
声をかけてきたのは、大きな盾を背負った大柄な20歳くらいの男だった。
「スキル鑑定……でも前衛は最低限できる」
一瞬不穏な空気が流れる。
本当だ。
訓練はしている。木剣も振ってきた。
だが戦闘系スキルはない。
スキルを持つ者と持たない者の差は、絶望的だ。
「まあ今回は期待の魔法士が二人いるからな。奥まで行く予定も無いし問題ないだろう。おれはドグだ。盾術がある」
「炎魔法士のルークです!」
「風魔法士のセインです!」
冒険者になったばかりだろうか。
青年というにはまだ幼さが残るくらいのローブをまとった二人も続けて自己紹介をしてくれた。
「コウ・レインだ。一日よろしく頼む」
◇
フェルンの町から馬車で揺られること2時間ほど。
初心者向けと呼ばれる洞窟型のLv1ダンジョン、《灰穴》。
岩陰から現れた、ケイブマウスと呼ばれる両手を広げたほどの大きさのネズミの魔物に向けて、ルークが手を伸ばす。
「ファイヤーボール!」
火球が一直線に飛び、ケイブマウスを焼いた。
強い。
やはり魔法スキルは別格だ。
みんなが憧れるスキルであり、もちろん自分もその一人である。
俺の出番は、ほとんどない。
万一のため前に立つが、途中から申し訳なくなり荷物持ちを申し出た。
(……やっぱり、俺は補助だな)
そう思いながら、倒した魔物から魔石を回収しつつ順調に洞窟を進む。
「そろそろ引き返すか?」
ドグが呟いた直後だった。
物陰から、五体のゴブリンが現れる。
「ちっ!多いな……!」
ゴブリンは一体なら脅威じゃない。
だが種族固有スキルとして《連携》を持っており、数が増えると厄介な魔物だ。
「いくぞ!」
火球と風刃が飛ぶ。
――外れた。
「なっ……?」
避けた。偶然じゃない。
次の魔法も、寸前で散開して回避される。
「なんで当たらねぇ!?」
ゴブリンたちはまるで、攻撃を“読んで”いるかのように動いていた。
一体が短く鳴き、他の四体が同時に位置を変える。
(指示してるのか……?)
俺は前に出る。
剣で一撃を受け止めるが、数で押されて防戦一方だ。
「くっ……!」
背後で風切り音。
だが当たった様子はない。
その瞬間、セインが側面から斬りつけられ、倒れた。
「がっ……!」
「おい!」
血が広がる。
まずい。撤退――
だが囲まれている。
ドグが叫ぶ。
「下がれ!俺が受ける!」
盾が打ち鳴らされる。
俺は息を整え、目を細めた。
(何かがいる)
あの鳴き声。
中心にいる、小柄な一体。
直感だった。
俺は目標のゴブリンに集中する。
「――《スキル鑑定》」
脳裏に、文字が浮かぶ。
《魔力探知》
(……まさか!特異個体か!)
魔法発動の瞬間を読んで、仲間に伝えているのか。
「魔法を撃つ直前に動いてる!中央の小さいやつだ!」
「はぁ!?」
「いいから最大火力を撃て!」
一瞬の沈黙。
だがドグが吠える。
「やれ!他は俺が引き受ける!」
盾を構え、三体を引きつける。
残る一体が俺に迫る中、ルークが集中し、全力で叫ぶ。
「……ファイヤーボール!!」
火球が生まれる、その瞬間。
中央のゴブリンが鳴いた。
――今だ。
迫ってくるゴブリンを無視し、俺は地を蹴る。
向かう先は、魔法に反応し視線が上へ向いたゴブリンだ。
剣を振り抜いた。
確かな手応え。
小柄なゴブリンの首が、跳ねた。
次の瞬間、他の四体の動きが乱れる。
そのとき。
頭の奥に、何かが流れ込んできた。
「……っ!?」
頭に文字が浮かぶ。
――――
《スキル奪取》を取得しました
《魔力探知》を奪いました
――――
これは――。
胸が高鳴るのを感じた。
過去に一度経験がある。
スキル診断所に通っていたころ、スキル鑑定が覚醒したときだ。
しかし、問題なのは続くもう一文。
“奪いました”とは?これは聞いたことすらない。
それでも、いまは戦闘中だ。
(訳がわからないが、使えるなら使ってやる)
《魔力探知》を意識した瞬間、世界が変わった。
空間の中に、ぼんやりとした“気配”が浮かぶ。
もみくちゃに交わる複数の気配。ドグと交戦しているゴブリンだろう。
そして、奥にまだ残る微弱な魔法の残滓。
――見える。
魔力が、見える。
俺は息を呑んだ。
(本当に使えている...。俺に今、何が起きた?)
鑑定しかないはずの俺が。
奪ったのか?スキルを?
冷たい汗が背を伝う。
だが胸の奥で、別の熱が灯っていた。
小さく。確かに。
(……俺は)
変われるかもしれない。
洞窟の奥で、魔力の揺らぎとともに新たに生まれた闘志が脈打っていた。




