第99話 暗闇の処刑人
廃坑の空気は、湿ったカビと錆の匂いで充満していた。
天井から垂れ下がったケーブルが、亡霊の髪のように揺れている。
『……嫌な場所だ。レーダーが乱反射して使い物にならねえ』
カイルが忌々しげに舌打ちをする。
アヴェンジャーは翼を畳み、坑道の床を滑るようにホバー移動していた。
エンジンの出力を絞り、排気音を殺す。
それでも、静寂の中では私たちの心音すら騒音に聞こえる。
「……いるわ」
私は鼻をひくつかせた。
暗視モニターには何も映っていない。
けれど、私の感覚器官は、暗闇の奥に潜む「殺意」を捉えていた。
それも一つではない。三つ……いや、四つ。
「右の横穴、天井、それと正面の瓦礫の裏」
『マジかよ、熱源反応はゼロだぞ!?』
「……エンジンを切って待ち伏せしてるのよ。賢い獲物ね」
私は右腕のレールキャノンを撫でた。
いきなり撃ち込めば生き埋めになりかねない。
ここは慎重に――。
ザッ……!
その時、頭上の闇が揺らいだ。
熱源探知すら欺く、冷却迷彩コート。
天井に張り付いていた「影」が、重力を無視して落下してくる。
「――上ッ!!」
私が反応するより早く、アヴェンジャーが自律的にバックステップを踏んだ。
ドォォォォンッ!!
目の前の地面に、巨大な「杭」が突き刺さった。
コンクリートが粉砕され、土煙が舞う。
もし避けていなければ、コクピットごと串刺しにされていただろう。
「……随分と乱暴な挨拶ね」
土煙の向こうに、その機体は立っていた。
痩せぎすな人型フレーム。
装甲は艶消しの黒一色。
そして右腕には、機体の全長ほどもある巨大なパイルバンカーが装備されている。
特務部隊『葬儀屋』。
『ターゲット確認。……これより、葬儀を執り行う』
外部スピーカーから、感情のない合成音声が響いた。
同時に、左右の横穴からも同型機が現れ、退路を塞ぐように展開する。
「囲まれたか! エルゼ、こいつら速いぞ!」
カイルの警告通りだった。
葬儀屋の動きは、量産型のハウンドとは別次元だ。
無駄な予備動作がない。
まるで、パイロットの神経が機体に直結しているかのような……。
(……私と同じ?)
いいえ、違う。
こいつらからは「命」を感じない。
ただ任務を遂行するためだけに調整された、精密な殺人機械。
「……美味しそう」
私は唇を舐めた。
目の前の葬儀屋が構えたパイルバンカー。
その先端に使われている金属の質感が、私の食欲を強烈に刺激する。
「その杭、タングステンね? しかも、硬度を極限まで高めた特注品」
『……肯定する。貴様の装甲を貫くための特効兵器だ』
葬儀屋が重心を低くし、スラスターを吹かした。
来る。
魔法障壁も、エネルギー吸収も関係ない。
純粋な物理質量による一点突破。
シンプルだからこそ、最も防ぎようのない攻撃。
「いただきま――」
ガギィィィンッ!!
私が迎撃しようとした瞬間、死角から飛び出した別の機体が、アヴェンジャーの左肩に杭を打ち込んだ。
「ぐぅッ!?」
衝撃がコクピットを揺さぶる。
装甲がひしゃげ、火花が散った。
浅い。致命傷ではない。
けれど、アヴェンジャーの「皮膚」が傷つけられた痛みが、私の左肩にも鋭く走った。
「……痛いじゃない」
私は左肩を押さえながら、歪んだ笑みを浮かべた。
痛い。
だからこそ、最高に唆る。
動かない的を食べるのとはわけが違う。
これは、命がけの「狩り合い」だ。
「カイル、しっかり捕まってて。
……このフルコース、骨まで噛み砕いてあげるわ」




