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第98話 葬列の先触れ



 床に散らばったコーヒーカップの破片を片付けていると、ドックの重厚な扉が開き、ヴァルガスが入ってきた。

 彼は私の左手――黒い甲殻に覆われた異形を見ても、眉一つ動かさない。

 むしろ、その目に宿っているのは、新しい玩具を見つけた子供のような好奇心だ。


「……おはよう、女王陛下。朝の『破壊活動』は楽しめたかね?」

「皮肉?」

「まさか。その力強さに敬意を表しているんだ」


 ヴァルガスは笑いながら、手にしたタブレット端末を私に見せた。


「帝國軍の通信を傍受した。

 昨夜の貴公の『食事』は、どうやら帝國軍上層部の逆鱗に触れたらしい」


 画面に映し出されたのは、帝國軍の暗号通信の解析ログだ。

 そこには、赤字で『コード・グレイブ(墓穴)』という作戦名が記されていた。


「コード・グレイブ……?」

「ああ。対竜騎兵・殲滅せんめつ特務部隊。通称『葬儀屋アンダーテイカー』だ」


 ヴァルガスが画面をスワイプすると、数枚の機体データが表示された。

 一般的なハウンドや、重厚なベヒーモスとは明らかに設計思想が違う。

 無駄を極限まで削ぎ落とした細身のフレーム。

 装甲の隙間から覗く、不気味なほど長い放熱フィン。

 そして、主武装として装備された巨大な「パイルバンカー(杭打ち機)」。


「こいつらは戦争をしに来るんじゃない。

 暴走した竜騎兵の動力炉ハートを、物理的に突き刺して破壊することだけに特化した処刑人だ」


「……へえ」


 私は画面の中の『葬儀屋』を、左手の爪でカツンと叩いた。

 恐怖? いいえ。

 私の右目が、画面越しのデータを解析し、未知の「味」を想像して疼いている。


(……この装甲、タングステン合金ね。しかも、かなり純度が高い)


 硬くて、噛みごたえがありそうだ。

 昨夜食べた戦車の装甲は、少し脂っこくて筋が多かったけれど、こいつらはきっと、引き締まった極上の赤身肉のような味がするに違いない。


「……それで? この『葬儀屋』さんたちは、いつご到着なの?」

「もう近くまで来ている。

 バルデの南、旧鉱山ルートから侵入したようだ。……隠密行動が得意な連中らしいが、貴公の鼻なら分かるか?」


 言われて、私は鼻を鳴らした。

 分かる。

 風に乗って、微かだが独特の臭いが漂ってきている。

 冷たい鉄の臭いと、焦げ付いたオイルの臭い。

 そして――「同族」の気配。


「……ええ。臭うわ」


 私はドックの入り口へ向かった。

 背後でアヴェンジャーが、呼応するようにブオンッ!とエンジンを吹かす。


「カイル、出るわよ」

「おいおい、コーヒーも飲んでねえのにか?」

「『朝食』のデリバリーが来たんだもの。冷めないうちにいただかないと失礼でしょ?」


 私は獰猛な笑みを浮かべた。

 葬列?

 いいえ、それは私にとって、フルコースへの招待状でしかなかった。


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