第96話 悪魔の施し
ズギュュュュンッ!!
夜の砂漠に、赤黒い雷光が走った。
アヴェンジャーの右腕から放たれた魔力弾は、重装甲指揮車両を直撃し、その巨体を一瞬で蒸発させた。
爆風で周囲のテントが吹き飛び、指揮官たちがいたはずの場所には、赤熱したクレーターだけが残った。
「……ごちそうさま。少し焦げちゃったけど」
私は排熱で揺らぐ視界の中で、満足げに呟いた。
指揮系統を失った帝國軍は脆かった。
残された兵士たちは、武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように闇夜へと逃げ出していく。
彼らは理解したのだ。
これは戦闘ではない。一方的な「捕食」なのだと。
『……全滅かよ。たった10分で』
カイルの声が震えている。
制圧された第4補給拠点には、破壊された戦車の残骸と、手つかずの物資の山だけが残されていた。
「カイル、通信を開いて。ヴァルガスに連絡よ」
『あ、ああ……』
私はアヴェンジャーの爪についたオイルを振るい落とし、通信機に向かって短く告げた。
「……食卓の準備は整ったわ。『食べ残し』を拾いに来なさい」
***
数十分後。
バルデの方角から、ライトを消したトラックの車列が現れた。
ヴァルガスの私兵団と、飢えた市民たちだ。
彼らは拠点に残された大量の食料コンテナ、燃料、そして弾薬を見て、歓喜の声を上げた。
「すげえ! 全部本物だ!」
「水だ! 綺麗な水があるぞ!」
「女王陛下万歳! バルデ万歳!」
男たちはトラックに物資を積み込みながら、アヴェンジャーに向かって手を合わせ、拝んでいる。
まるで救世主を崇めるような光景。
けれど、コクピットの中で、私の心は冷え切っていた。
(……変なの)
私は彼らを助けるつもりなんてなかった。
ただ、アヴェンジャーの腹を満たすために鉄を襲い、ついでに邪魔な人間を追い払っただけ。
彼らが喜んで持ち帰っているのは、私にとっては消化できない「ゴミ」に過ぎない。
「……エルゼ。そろそろ戻ろうぜ」
カイルが気まずそうに言った。
彼も感じているのだ。
熱狂する群衆と、冷酷な捕食者である私たちとの間に横たわる、埋めようのない溝を。
「ええ。……ここにはもう、食べるものはないわ」
私は群衆に一瞥もくれず、アヴェンジャーを離陸させた。
眼下で、トラックのヘッドライトが光の川となってバルデへ続いていく。
それは、帝國への明確な宣戦布告であり、私たちが「人類の敵」として認識される決定的な狼煙でもあった。
***
艦橋塔のドックに戻った時、私は激しい目眩に襲われた。
ハッチを開ける力が入らない。
カイルに肩を借りて、なんとか地面に降り立つ。
「おい、大丈夫か? 体が氷みたいに冷たいぞ」
「……逆よ。熱いの」
私の感覚では、体中が業火で焼かれているようだった。
急激なエネルギー摂取と放出。
その負荷に、生身の肉体が悲鳴を上げている。
私は震える手で、左手のグローブを外した。
「……ッ!?」
カイルが息を呑む。
そこにあったのは、もはや人間の手ではなかった。
手首から指先までが完全に黒い甲殻に覆われ、爪は鋭利な刃物のように伸びている。
そして、手の甲には――アヴェンジャーの装甲にあるのと同じ、赤い瞳のような紋様が浮かび上がっていた。
「……綺麗」
私はうっとりと、その異形の手を見つめた。
怖いとは思わなかった。
だって、これでまた一つ、あの子に近づけたのだから。
「エルゼ、お前……」
「平気よ、カイル。……これなら、次はもっと上手く撃てる」
私は変化した左手で、カイルの頬に触れた。
硬く、冷たい感触。
彼は怯えたように身を固くしたが、決して私を拒絶しなかった。




