第95話 夜の捕食者
太陽が沈み、荒野が冷たい闇に包まれるのを待って、私たちは動いた。
バルデの街から北東へ15キロ。
帝國軍が築いた包囲ラインの一角、第4補給拠点が今夜の「狩り場」だ。
サーチライトが夜空をなぞり、何十台もの戦車や装甲車が、鉄条網の内側でエンジンのアイドリング音を響かせている。
『……すげえ数だ。正面から突っ込む気か?』
後席のカイルが、暗視モニターを見ながら声を潜める。
「静かに。……逃げられちゃうわ」
私はコクピットの照明を最低限まで落としていた。
計器類を見る必要はない。
私の右目は、闇夜の中でも熱源を鮮明に捉えていた。
戦車のエンジンの熱。歩哨たちの体温。そして、弾薬庫に積み上げられた火薬の匂い。
(……お腹が空いた)
アヴェンジャーが同意するように、小さく喉を鳴らす。
私たちは空を飛ばず、砂丘の影に隠れて、四つん這いの獣のように忍び寄っていた。
機体表面の結晶が周囲の闇に溶け込み、魔力反応を極限まで抑え込んでいる。
今の私たちは、レーダーにはただの「岩」にしか映らないはずだ。
距離、300メートル。
風向きが変わった。
監視塔の兵士が、何かの気配を感じたようにこちらを向く。
「……見つかったわね」
私は獰猛に笑った。
ドォォォォンッ!!
私はアヴェンジャーの脚部に魔力を集中させ、砂丘を蹴って跳躍した。
数十トンの鉄塊が、夜空に舞い上がる。
「なっ!? 敵襲! 上だ、上にいるぞッ!」
監視塔の兵士が絶叫し、サイレンが鳴り響く。
遅い。
私は空中で機体を反転させ、最も「美味しそう」な獲物――拠点中央の燃料タンク車に狙いを定めた。
ズドォォォンッ!!
アヴェンジャーが隕石のように落下し、タンク車を踏み潰す。
引火した燃料が爆発し、夜の砂漠が真昼のように明るく照らし出された。
『ひぃぃッ!? なんだコイツ、いきなり真ん中に!?』
『撃てッ! 包囲しろ!』
周囲の戦車が一斉に砲塔を旋回させる。
四方八方からの集中砲火。
だが、私は動じない。
炎の中で立ち上がったアヴェンジャーは、右腕のレールキャノンを無造作に振り回した。
ガギィィィンッ!
迫りくる砲弾を、硬質化した砲身で直接叩き落とす。
「……邪魔よ。食事中なのに」
私は最も近くにいた主力戦車に飛びかかった。
マニピュレーターの爪が、複合装甲を紙のように引き裂く。
「た、助け……うわぁぁぁッ!」
ハッチから這い出そうとした戦車兵ごと、砲塔を握り潰す。
ジュルリ、と赤い結晶が伸び、鋼鉄の塊を包み込んだ。
「……硬い。筋が多いわね」
私は感想を漏らしながら、次々と獲物を襲った。
装甲車を蹴り飛ばし、自走砲の砲身をへし折って噛み砕く。
帝國軍の精鋭たちが、恐怖に顔を歪めて逃げ惑う。
彼らにとって、これは戦争ではない。
巨大な怪獣映画の、逃げ惑うエキストラになったような気分だろう。
『……悪夢だ』
カイルが呻くように言った。
炎と鉄屑の嵐の中で、アヴェンジャーは赤黒い光を撒き散らしながら、暴食の限りを尽くしていた。
(……まだ足りない。もっと、上質な鉄を)
雑魚の味に飽きてきた頃。
拠点の奥から、ひときわ大きな熱源反応が現れた。
この拠点の指揮官が乗る、重装甲指揮車両だ。
「……メインディッシュ」
私は涎を拭い、レールキャノンの砲口を向けた。
チャージは完了している。
さっき食べた戦車たちのエネルギーが、雷となって唸りを上げていた。




