第92話 鋼鉄の暴食
ズドォォォォォンッ!!
陸上戦艦ベヒーモスの主砲が火を噴いた。
峡谷の岩盤が吹き飛び、土砂崩れのような爆風が襲いかかってくる。
さらに、甲板に無数に設置された対空機銃が、赤い曳光弾の雨を降らせてきた。
視界を埋め尽くす死のカーテン。
普通のパイロットなら、操縦桿を握る手が震え、回避機動をとることさえ忘れてしまうだろう。
『うおぉッ!? 弾幕が厚すぎる! 接近できねえぞ!』
カイルの悲鳴が無線を叩く。
けれど、私の心は凪いだ湖のように静かだった。
「……見える」
右目が熱を帯びる。
スローモーションの世界。
迫りくる砲弾の一つ一つが、明確な「軌道」として線を描いているのが見えた。
それは恐怖の対象ではない。ただの「障害物」だ。
「そこ」
私は最小限の動きで操縦桿を倒した。
アヴェンジャーが翼を折りたたみ、弾幕のわずかな隙間――針の穴を通すような精密さで滑り込む。
右翼を掠めた機銃弾が火花を散らすが、私は構わずに加速した。
狙うは、艦橋下部にあるメイン動力炉。
あの分厚い装甲の奥に、甘い蜜のような高純度エネルギーが詰まっている。
「邪魔よッ!!」
行く手を阻む副砲塔に向け、右腕のレールキャノンを突き出す。
魔力充填。
さっき食べたハウンドのエネルギーを惜しみなく注ぎ込む。
バチバチッ……ズドンッ!!
放たれた赤黒い雷撃が、副砲塔を根元から消し飛ばした。
爆炎を突き破り、私たちは一気に戦艦との距離を詰める。
『おいエルゼ! 近すぎる! 激突するぞ!』
「いいえ、着陸するの」
私はエアブレーキを引くと同時に、機体を反転させ、戦艦の甲板へと足を向けた。
ガシャァァァァァァンッ!!
200メートル級の巨体の上、第2甲板にアヴェンジャーが強引に降り立つ。
衝撃で鉄板がめくれ上がるが、私は即座にマニピュレーターの爪を床に突き立て、機体を固定した。
『なっ……!? 戦艦の上に降りた!?』
カイルが絶句する。
無理もない。敵の真上で戦うなんて、航空戦術のセオリーにはない。
だが、ここなら主砲も副砲も射角が合わず、撃ってこられない。
ここは安全地帯であり――最高の「食堂」だ。
「さあ……いただきましょうか」
私は右手を甲板に押し当てた。
アヴェンジャーの爪から、無数の赤い結晶繊維が根のように伸び、戦艦の装甲板へと侵入を開始する。
ギギギ……ギャリリリリ……!
足元から、戦艦の悲鳴が聞こえた。
鋼鉄が強制的に分子結合を解かれ、溶解し、吸収されていく音だ。
「……あぁ、すごい」
コクピットに熱い奔流が流れ込んでくる。
装甲に使われている複合金属の重厚な味。
配線を流れる電力の痺れるような刺激。
私の体の中で、枯渇していた魔力が爆発的に回復し、細胞の一つ一つが歓喜の声を上げていた。
『バケモノめ……! 艦に取り付いたか!』
艦橋の窓越しに、慌てふためく帝國兵たちの姿が見える。
彼らは甲板上の私たちを排除しようと、歩兵部隊を送り込んできた。
ハッチが開き、ライフルを持った兵士たちが飛び出してくる。
「虫が湧いたわね」
私は面倒臭そうに、左腕の機関砲を向けようとした。
だが、その必要はなかった。
アヴェンジャーの装甲の隙間から、取り込んだばかりの鉄材を使って、自律防御用の「棘」が射出されたのだ。
ドシュッ! ドシュッ!
「ぎゃぁぁぁっ!」
兵士たちが次々と串刺しになり、なぎ倒される。
アヴェンジャーは食事の邪魔をされたことに腹を立て、自らの意志で排除行動をとったのだ。
『……こいつ、勝手に動きやがった』
「いい子ね。……もう少しよ、カイル」
私はさらに深く、戦艦の中枢へと侵食を進めた。
狙いはエンジンルーム。
この巨大な鉄の塊を動かす心臓部だ。
メキメキメキッ……!
甲板が陥没し、巨大な穴が開く。
そこから見えたのは、赤く脈打つ巨大なタービンだった。
「見つけた」
私はレールキャノンの砲口を、その剥き出しの心臓へと向けた。
破壊するためではない。
トドメを刺し、その全てを吸い尽くすために。
「ごちそうさま、ベヒーモス」
ズギュュュュュンッ!!
ゼロ距離からの最大出力射撃。
それは貫通弾ではなく、純粋な魔力の塊となってタービンを包み込んだ。
爆発は起きない。
代わりに、戦艦全体が一瞬で灰色に褪色し、錆びついていく。
エネルギーを吸い尽くされた巨獣は、断末魔のような金属音を響かせながら、ゆっくりと動きを止めた。
峡谷に、完全な静寂が訪れる。
プシュゥゥ……。
満腹になったアヴェンジャーが、満足げな排気音を漏らした。
モニターのエネルギーゲージは『OVER』の文字を表示し、振り切れている。
「……美味しかった」
私は頬についた汗を拭った。
それはただの汗ではなく、微かに鉄の匂いがする黒い体液だった。
カイルは言葉もなく、ただ静かに十字を切っていた。
もはや私たちは、戦士ですらない。
天災そのものだった。




