第91話 暴食の翼
最後のハウンド3号機は、もはや戦う意思を失っていた。
仲間を一撃で消し飛ばされ、もう一機を目の前でバラバラに引き裂かれたのだ。
パイロットの恐怖は、無線越しでも痛いほど伝わってくる。
『く、来るな……! 化け物……ッ!』
敵機が背を向け、アフターバーナーを点火して逃走を図る。
だが、遅い。
アヴェンジャーの背中から噴出する魔力光翼は、物理的なジェット推進を遥かに凌駕する。
「逃がさない」
私は右手をかざした。
アヴェンジャーの肩部から、先ほど取り込んだレールキャノンの余剰エネルギーが、赤黒い雷となって迸る。
それは鞭のようにしなり、逃げる敵機の右足を絡め取った。
『うあぁぁぁっ!?』
バランスを崩したハウンドが、峡谷の岩壁に無様に激突する。
砂煙が舞う中、敵機は火花を散らして動かなくなった。
トンッ。
アヴェンジャーがその上に優雅に着地する。
獲物を押さえつける肉食獣の仕草そのものだ。
「……いただきます」
私が呟くと同時に、アヴェンジャーの胸部装甲が展開した。
そこから伸びた無数の触手が、瀕死のハウンドに突き刺さる。
装甲を溶かし、動力炉のエネルギーを吸い上げ、レアメタルを咀嚼する。
ズズズッ……ジュルルッ……。
コクピットの中に、啜るような不快な音が響く。
だが、私にとっては、渇いた喉を潤す極上の水音だった。
さっきのレールキャノンの一撃で消費した魔力が、みるみると回復していく。
『……おいおい。マジで全部食う気かよ』
カイルが呆れたように言った。
眼下のハウンドは、ものの数分で飴細工のように溶解し、原形を留めない鉄屑へと変わり果てていた。
「仕方ないでしょ。あのキャノン、燃費が悪すぎるのよ。
一発撃つたびに、これくらいのカロリー(敵機一機分)は摂取しないと私が干からびちゃう」
『とんでもねえ偏食家を飼っちまったもんだな……』
カイルは肩を竦めたが、その表情には恐怖よりも、頼もしさを感じているような色が浮かんでいた。
私たちが一息ついた、その時だ。
ズズ……ズズズ……ンッ!!
峡谷全体が激しく振動した。
地震ではない。
もっと重く、巨大な何かが、大地を踏みしめて近づいてくる振動だ。
「……来たわね」
私が顔を上げると、峡谷の曲がり角から、巨大な影が姿を現した。
全長200メートル級。
無数の砲塔をハリネズミのように備え、分厚い装甲板に覆われた鋼鉄の移動要塞。
帝國軍陸上戦艦『ベヒーモス』。
キャタピラの軋む音が、地鳴りのように響き渡る。
その圧倒的な質量の前では、私たちのアヴェンジャーなど豆粒のようなものだ。
『デカブツのお出ましだ。……ありゃ装甲の塊だぞ。生半可な弾じゃ傷一つ付かねえ』
カイルが警告する。
普通なら、絶望的な戦力差に尻尾を巻いて逃げるところだ。
だが、私の右目は違った反応を示していた。
あの分厚い装甲の下に流れる膨大なエネルギー。
希少金属の塊。
最高級の燃料。
――ドクンッ!!
アヴェンジャーが、今日一番の大きな鼓動を鳴らした。
武者震いではない。
これは、空腹の合図だ。
「……カイル。メインディッシュが来たわ」
私は舌なめずりをした。
恐怖など微塵もない。
あんなに大きな獲物を食べたら、一体どれほどの力が手に入るのか。
想像するだけで、涎が止まらなかった。
「行きましょう。……骨までしゃぶり尽くしてやるわ」




