第89話 歪な進化
艦橋塔の地下深く。
かつて戦艦の弾薬庫だった場所が、アヴェンジャーの新たな巣となっていた。
広大な空間には、ヴァルガスの号令で集められた「極上」のパーツが山積みされている。
墜落した巡洋艦の装甲板、戦車用の複合エンジン、そして……。
「……おいおい、正気かよ」
カイルが呆れた声を上げて見上げているのは、巨大な砲身だった。
全長8メートル。旧式駆逐艦の主砲として使われていた、200mmレールキャノンだ。
本来、全長15メートル程の竜騎兵が携帯できるサイズではない。
「重量バランスが滅茶苦茶だ。撃った瞬間に腕がもげるぞ」
「大丈夫よ。……この子が欲しがってる」
私はアヴェンジャーの右腕――装甲が剥がれ、赤黒い筋繊維が剥き出しになったマニピュレーターを砲身に這わせた。
ズズズ……ッ。
粘液を帯びた繊維が、鉄の砲身に絡みつく。
ボルトや溶接はいらない。
アヴェンジャーの細胞が金属を侵食し、神経を接続し、自らの「肉体」の一部として取り込んでいくのだ。
「……見て、カイル。喜んでる」
ドクン、ドクン!
結合部から蒸気が噴き出し、砲身が生物のように脈動を始めた。
重すぎるはずの鉄塊が、まるで発泡スチロールかのように軽々と持ち上げられる。
魔力で強化された人工筋肉が、重量の概念をねじ伏せているのだ。
「……チッ。俺の知ってる機械工学への冒涜だな」
カイルは悪態をつきながらも、手際よく補機類のセッティングを進めていた。
彼はもう、この異常な光景を受け入れている。
私が「化物」であるなら、彼はその生態を管理する「飼育員」に徹する覚悟を決めたようだ。
「弾薬はどうする? 通常の砲弾じゃ、この『腕』の出力に耐えられんぞ」
「いらないわ。……私の魔力を撃ち出す」
私は右目を閉じた。
右腕と直結した脳内に、新しい回路が開通する感覚。
血管を流れる血液(燃料)を、圧縮し、加速し、雷として放つイメージ。
バチバチバチッ!!
砲口から赤黒いスパークが迸り、周囲の空気が焦げ付いた。
「おい、試射はやめろよ! 地下ごと埋まる気か!」
「ふふ……冗談よ」
私はリンクを解除した。
心地よい疲労感と、満腹感。
アヴェンジャーは、もはや帝國の規格品ではない。
私の意思で進化し、私の魔力で敵を喰らう、世界に一機だけの「魔獣」へと生まれ変わりつつあった。
「……準備万端だな」
カイルがモニターを覗き込む。
「ヴァルガスの情報網に引っかかった。
街の北側、峡谷地帯に帝國の陸上戦艦が展開してる。
……俺たちを炙り出すための『大掃除』を始める気だ」
「陸上戦艦……。いい餌になりそう」
私は歪な進化を遂げた右腕を撫でた。
恐怖はなかった。
あるのは、新しい「牙」を試したいという、純粋な闘争本能だけだった。




