第85話 錆の女王
静寂が戻ったスクラップ置き場には、オイルの焼ける臭いと、男たちの荒い息遣いだけが残っていた。
私の目の前には、武装解除し、膝をついたハイエナたちの群れ。
彼らの視線は、恐怖に凍りつきながら、私の背後に聳え立つアヴェンジャーに釘付けになっていた。
「……ひっ、許してくれ……。まさか、そんなバケモノだとは知らなかったんだ……」
リーダーの男が、額を地面に擦り付けて懇願する。
先ほどまでアヴェンジャーの腕を「金になる」と値踏みしていた威勢はどこへやら。
今の彼らにとって、この機体は捕食者そのものだ。
プシュゥゥ……。
アヴェンジャーが満足げに排気音を漏らす。
食べたばかりの敵機の腕(チタン合金)が、機体内部で消化され、私の右腕に力が満ちていくのを感じる。
満腹感。そして、さらなる渇望。
『……おい、エルゼ』
カイルがコクピットのハッチから身を乗り出し、呆れたように肩をすくめた。
『やりすぎだ。せっかくの労働力をビビらせてどうする』
「……だって、美味しそうだったから」
私は無意識に唇を舐め、ゆっくりとタラップを降りた。
コツン、とブーツが地面を叩く音が響く。
男たちがビクリと体を震わせる。
私はリーダーの前に立った。
彼は恐る恐る顔を上げ――そして、喉の奥で悲鳴を押し殺した。
私の右顔。
夕闇の中で鈍く光る黒い鱗と、縦に割れた金色の瞳。
もはや隠すつもりもなかった。この街で生きるなら、人間であることよりも、化物であることの方が都合がいい。
「……名前は?」
「ガ、ガルド……です……」
「そう、ガルド。いい名前ね」
私は鱗に覆われた右手で、彼の顎を掴んで上を向かせた。
冷たく、硬い感触に、ガルドの顔色が土気色に変わる。
「選択肢をあげるわ。
一つ、今すぐ私の機体の餌になるか。
二つ、私たちに寝床と燃料を提供して、その命を拾うか」
ガルドの目が泳ぐ。
アヴェンジャーが、威圧するようにギロリとカメラアイを光らせた。
彼の背後の手下たちが、「助けてくれ!」と叫び出しそうになるのが分かる。
「に、二番だ! ここを使ってくれ! 倉庫も、工具も、全部あんたらのモンだ!」
「……賢い選択ね」
私は右手に込めていた魔力を散らして、手を離した。
ガルドはその場に崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返した。
「カイル、交渉成立よ。……荷物を降ろしましょう」
『へいへい。とんだ女王様のお出ましだな』
カイルが苦笑しながら降りてくる。
こうして私たちは、自由都市バルデの片隅、屑鉄の山を最初の拠点として手に入れた。
恐怖によって結ばれた、脆くも確かな支配権と共に。




