第84話 屑鉄街の歓迎
自由都市バルデ。
上空から見下ろしたその街は、まるで大地に空いた巨大な虫歯のようだった。
すり鉢状のクレーターの底から縁にかけて、廃棄されたコンテナ、錆びついたパイプ、そして正体不明の増築建築が無秩序に積み重なっている。
常に灰色のスモッグが立ち込め、その奥で怪しげなネオンサインが心臓の鼓動のように明滅していた。
「……酷い場所ね。空気が淀んでる」
『帝國の綺麗なプロパガンダ放送よりは、よっぽど居心地がいいさ』
カイルが軽口を叩くが、その声には警戒色が滲んでいる。
管制塔からの誘導など当然ない。
私はアヴェンジャーのセンサー――というよりは、私自身の拡張された「嗅覚」を頼りに、着陸可能な平地を探した。
「あそこ、降りるわよ」
私が目をつけたのは、街外れにあるスクラップの集積場だった。
山のように積まれた鉄屑の広場。
アヴェンジャーは翼を畳み、エアブレーキを軋ませながら強引に滑り込んだ。
ガシャァァァァァァンッ!!
着地の衝撃で、古びた家電や車の残骸が派手に吹き飛ぶ。
土煙と共に、強烈な鉄錆とオイルの臭気がコクピット内に入り込んできた。
普通の人間なら咳き込むほどの悪臭だろう。
だが、今の私には、それが「食卓の匂い」にしか感じられなかった。
プシュウゥゥ……。
アヴェンジャーが荒い息を吐くように、排熱ダクトから蒸気を噴き出す。
『……さて、お出迎えだぞ、エルゼ』
カイルの警告と同時に、周囲の鉄屑の山から影が動いた。
ジャリ、ジャリ……。
無遠慮な足音を立てて現れたのは、武装した男たちと、3機の作業用二足歩行機械だった。
どの機体もツギハギだらけで、右腕には削岩用のドリルや、溶接用の巨大なバーナーが強引に取り付けられている。
この街のハイエナたちだ。
「おいおい、派手に降りてきたなァ! ここは俺たちのシマだぜ?」
リーダー格と思しき男が、拡声器片手にニヤニヤと近づいてくる。
彼の視線は、私やカイルではなく、アヴェンジャーの機体にへばりついていた。
「見たことねえ型だな……。帝國の新型か? だが、随分とボロボロじゃねえか」
『ただの迷子だ。少し翼を休めたら出ていく』
カイルがハッチを開け、両手を挙げて答える。
だが、男たちの目はギラついていた。
「帰すわけねえだろ。その機体、エンジンと装甲は生きてる。バラせばいい金になるんだよ!」
男が合図を送ると、3機のウォーカーが一斉にエンジンを吹かした。
ディーゼルの黒煙を上げ、錆びたドリルを回転させながら包囲網を縮めてくる。
「降りな! さもねえと、そのコクピットごとミンチに……」
ドクンッ。
男の言葉を遮るように、アヴェンジャーが大きく脈打った。
私の右腕が熱くなる。
恐怖? いいえ、違う。
私の右目には、迫りくるウォーカーたちが「敵」ではなく、赤く発光する「高カロリーの栄養源」として表示されていた。
(……あいつの関節、チタン合金を使ってる。……美味しそう)
思考が漏れたのか、アヴェンジャーの装甲の隙間から、赤い粘液がよだれのように垂れた。
「……カイル。頭を下げてて」
『おい、よせ! ここで暴れたら……!』
「いただきます」
私はカイルの制止を聞かず、ペダルを踏み込んだ。
グオォォォォォォッ!!
アヴェンジャーが獣のような咆哮を上げ、爆発的な加速で正面のウォーカーに飛びかかった。
30mm機関砲ではない。
右腕のマニピュレーター(爪)が、獲物を捕らえる猛禽類のように大きく展開する。
「な、なんだコイツ!? うわぁぁぁッ!?」
ウォーカーのパイロットが悲鳴を上げる。
アヴェンジャーは、ドリルを振り上げた敵機の腕を、その爪でガシリと掴んだ。
次の瞬間。
メキメキメキッ……ジュルッ!
握り潰したのではない。
アヴェンジャーの爪から赤黒い結晶が触手のように伸び、敵の腕に侵食したのだ。
金属が飴細工のように溶け、アヴェンジャーの腕へと吸い込まれていく。
「腕が……食われてる!? バケモンだ、撃てッ! 撃てぇッ!」
残りの2機が慌ててリベットガンを発砲する。
カンカンカンッ!
鉄の弾丸がアヴェンジャーの装甲を叩くが、傷ついたそばから粘液が覆い、瞬時に修復してしまう。
それどころか、撃たれた運動エネルギーさえも吸収し、機体の鼓動はいっそう力強くなった。
「ガアァァァァァッ!!」
アヴェンジャーは、エネルギーを吸い尽くして鉄屑と化した敵機を投げ捨てると、次なる獲物へとギラつくカメラアイを向けた。
もはや操縦している感覚はない。
私と機体の飢餓感が完全に同期し、食卓の上でナイフとフォークを振るっているような、背徳的な高揚感だけがあった。
「ひ、ひぃぃッ! 悪かった! 降参だ、降参ッ!!」
リーダーの男が尻餅をつき、腰を抜かして後退る。
圧倒的な「暴力」と「捕食者」の気配。
屑鉄街のハイエナたちは、自分たちが狩る側から狩られる側へ転落したことを悟り、武器を捨てて震え上がっていた。
私は大きく息を吐き、昂ぶるアヴェンジャーの神経をなだめるように、優しくコンソールを撫でた。
「……ごちそうさま。少しは味がしたかしら?」
コクピットの中で、私は右頬の鱗を冷たい汗で濡らしながら、凶悪に微笑んだ。




