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第82話 人であるための嘘



 夜明け前のブリーフィングは、重苦しい空気で満ちていた。

 整備班長が地図に赤い線を引く。


「……帝國の捜索隊が近い。ハウンド1からの定期連絡が途絶えたことで、連中は本気になってる」


 班長が私とカイルを見た。


「言いにくいが……お前さんたちは『デコイ』だ。

 アヴェンジャーが放つ高濃度の魔力反応は、帝國のレーダーに真っ先に引っかかる。

 お前たちが一緒だと、本隊オレたちまで一網打尽にされちまう」


「……分かっています」


 私は短く答えた。

 むしろ好都合だ。

 私のせいで、これ以上誰も巻き込みたくない。特に、あの子だけは。


 会議が終わり、私は格納庫の隅で荷造りを始めた。

 そこへ、リズが駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん! 聞いたよ、別行動するって……。私も行く。荷物もうまとめたの!」


 リズは大きなリュックを背負い、決意に満ちた目で私を見ていた。

 その真っ直ぐな瞳が、今は直視できない。


「ダメよ、リズ。あなたは本隊と一緒に北の山岳ルートへ行きなさい」

「どうして!? 整備のサポートならできるよ! ご飯だって作れるし、お姉ちゃんの目だって……私が代わりになる!」


 リズが私の右腕にすがりつく。

 その瞬間だった。


 ドクンッ。


 私の心臓ではなく、右腕のアヴェンジャーの細胞が跳ねた。

 リズの温かい体温。トクトクと脈打つ血管の感触。

 柔らかい肉。


(――美味しそう)


 脳裏に、そんな思考が閃いた。

 愛おしいとか、守りたいとか、そんな感情よりも先に。

 喉の奥が渇き、唾液が溢れそうになる。


「ッ……!!」


 私は弾かれたようにリズを突き飛ばした。


「きゃっ……!?」

「触らないでッ!!」


 私の絶叫が格納庫に響いた。

 リズが尻もちをつき、呆然と私を見上げている。

 私は震える手で口元を押さえた。

 怖い。自分が怖い。

 あと一秒、彼女に触れていたら、私は彼女の喉笛に噛み付いていたかもしれない。


「お、お姉ちゃん……?」

「……来ないで。私の近くに寄らないで」


 私は精一杯、冷たい声を作った。

 事実を告げれば、優しい彼女は「それでもいい」と言うだろう。

 だから、私は嘘をつく。彼女が私を嫌いになるように。


「今の私にとって、あなたは足手まといなの。

 戦場では、守るものがいない方が強く戦える。……分かるでしょ?」


「嘘……そんなの嘘だよ……!」

「本当よ。もう、昔の私じゃないの」


 私は一度も彼女と目を合わせず、踵を返した。

 背中でリズの嗚咽が聞こえる。

 胸が張り裂けそうだったが、今はその痛みさえ、アヴェンジャーが吸い上げていく気がした。


 タラップを駆け上がり、コクピットへ。

 そこには、全てを察したカイルが既に座っていた。


『……いいのかよ、あんな別れ方で』

「いいのよ。……これで、いいの」


 私は涙を拭わず、ヘルメットを被った。

 ハッチが閉まる。

 外部の音が遮断され、私と「鉄の怪物」だけの世界になる。


「エンジン始動。……行きましょう、カイル」


 ズォォォォォォン……!

 アヴェンジャーが咆哮を上げる。

 私たちは滑走路を蹴り、朝焼けの空へと飛び立った。

 地上の小さな人影を、二度と振り返ることなく。


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