第80話 共犯者
私は、カイルが私の隣に座る音を聞いた。
毛布の中で体を硬くする。
今の私は、近くにいるだけで人を不安にさせる「異物」だ。
呼吸するたびに、獣の臭いが漏れている気がして怖い。
「……何の真似?」
私がくぐもった声で尋ねると、カイルは鼻を鳴らした。
「腹が減った。お前が食わねえなら、俺が貰うぞ」
カチャリ、とスプーンが食器に当たる音がした。
彼はリズが置いていった冷めきったスープを、あろうことか食べ始めたのだ。
整備班の視線が突き刺さる中で、平然と。
「……まずいな。完全に冷めてやがる」
「……当たり前でしょ。バカなの?」
「うるせえ。貴重なカロリーだ」
カイルはスープを飲み干し、パンをかじった。
その咀嚼音が、張り詰めた格納庫の空気に不釣り合いで、少しだけ私の緊張を解いた。
「……おい、エルゼ」
食べ終えたカイルが、低い声で言った。
「班長の言う通りだ。お前はもう、普通の人間の暮らしには戻れねえかもしれん」
分かっている。
右目が見ている世界は、サーモグラフィーのように熱源を捉えているし、鉄が錆びる匂いが芳醇な香りに感じられる。
私の体は、生物としての定義を書き換えられつつある。
「……殺すなら、今のうちよ」
「よせ。冗談でも言うな」
カイルの声が少しだけ荒らげられた。
彼は私の頭から毛布を乱暴に剥ぎ取った。
「っ……!」
眩しい照明に晒される。
醜い右顔を見られ、私は咄嗟に隠そうとしたが、その手首をカイルが掴んだ。
彼の温かい手が、冷たく硬質化した私の鱗に触れる。
「……冷てえな」
「……離して。感染るわよ」
「感染らねえよ。もし感染るなら、ずっと後ろに乗ってた俺はとっくに全身トカゲだ」
彼は私の手を放さなかった。
整備兵たちが息を呑む気配がする。
それでも、カイルは真っ直ぐに私の金色の瞳を見つめていた。
「いいか、エルゼ。お前が鉄を食いたくなるなら、俺がスクラップを集めてきてやる。
オイルが飲みたきゃ、上質なやつをくすねてきてやる。
その代わり、お前は空を飛べ。俺を背中に乗せて、一番高いところまで連れて行け」
それは、契約だった。
人間としての尊厳を捨ててでも、戦い続けるための共犯関係。
「……あなた、本当にイカれてる」
「違げえな。……化け物の背中に乗って、地獄まで付き合うと決めたのは『俺』だ。
とっくにイカれてなきゃ、お前の後ろなんて務まらねえよ」
カイルがニカっと笑った。
その笑顔は、いつもの軽薄なものではなく、どこか諦念と覚悟が入り混じった、大人の男の顔だった。
「……分かったわ」
私は彼の手を握り返した。
力の加減が分からず、ミシミシと彼の骨を軋ませてしまったが、彼は眉をひそめただけで悲鳴は上げなかった。
「カイル。……これからのメンテナンスは、あなたに頼むわ」
「へいへい。手のかかる相棒だぜ」
私たちは立ち上がった。
周囲の恐怖は消えていない。
けれど、隣に彼がいるなら、まだ私は「人間のふり」をしていられる気がした。




