第8話 憧憬と幻滅
「あ、あのッ! あなたが『白銀の魔女』、エルゼ少尉ですね!?」
少年兵は私の前まで来ると、直立不動で敬礼をした。
まだ声変わりしたばかりのような、あどけない声。年齢は十五、六といったところか。
戦場を知らない、温室育ちの顔だ。
私はタラップの上から、冷めた視線で見下ろした。
「……誰?」
「本日付けで第3航空隊に配属されました、リク二等兵です! 魔導士官学校を首席で卒業しました!」
リクと名乗った少年は、頬を紅潮させて言葉を続ける。
「ニュースで見ました! 『雷雲の回廊』での単独撃破、感動しました! 僕、ずっとあなたに憧れていて……同じ部隊になれて光栄です!」
憧れ。感動。光栄。
反吐が出るような言葉の羅列だ。
彼が見ているのは、プロパガンダによって加工された虚像だ。私が殺した友の顔も、私の首にある爆弾も、何も知らずにただ「英雄」という記号を崇拝している。
「……邪魔よ、どいて」
私は彼を無視してコクピットに入ろうとした。
だが、リクはめげずに食い下がってくる。
「ぼ、僕の機体も見てください! 少尉の背中を守れるように、最新の照準補助を組んであるんです!」
彼は自分の愛機――量産型の飛竜を指差した。
ピカピカに磨き上げられた装甲。まだ一度も血を浴びていない翼。
ふと、以前私が撃ち落とした敵兵――まだ若かった少年の顔が重なった。
この子も、すぐにそうなる。
鉄屑の中で焼け焦げた肉塊になるか、あるいは私のように、心を壊して人殺しの機械になるか。
私は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「ねえ、二等兵」
「は、はいッ!」
「私の背中を守る? 勘違いしないで。戦場はお遊戯会じゃないの」
私はわざと、殺意を込めた魔力を瞳に宿して彼を睨みつけた。
空気が凍りつく。リクの笑顔が引きつり、顔色が蒼白に変わる。
「私の近くを飛ばないで。巻き込まれて死にたくなければ、精々遠くで震えていることね」
それだけ言い捨てて、私はキャノピーを閉じた。
分厚い防弾ガラスの向こうで、リクが呆然と立ち尽くしているのが見える。
憧憬が幻滅に変わり、やがて憎悪に変わる。それでいい。
英雄ごっこに付き合って、死人を増やす趣味はない。
「……全機、発進準備。哨戒任務を開始する」
無線の向こうで、ヴォルゴフ少佐の声が響く。
私は魔導タービンを起動した。
リクの方を見ることはもうしなかった。
だが、この時の私はまだ知らなかったのだ。
この無垢な少年が、帝國の悪意によって、最も残酷な形で「利用」されることになる未来を。




