第79話 禁忌の格納庫
輸送機『ヘヴィ・ワン』の格納庫は、死体安置所のような静けさに包まれていた。
普段なら、整備兵たちの怒号やインパクトレンチの音が響いている場所だ。
だが今は、誰もが口を閉ざし、中央に鎮座する「それ」を遠巻きに眺めていた。
「……班長。これ、どうします?」
若い整備兵が、震える声で尋ねる。
整備班長は、脂にまみれた帽子を脱ぎ、頭をガシガシと掻いた。
「どうするもこうもねえよ。……パーツ交換以前の問題だ」
俺は、彼らの横でアヴェンジャーを見上げていた。
数時間前まで俺たちが乗っていた機体。
だが、今の姿を見て『ただの機械』と呼べる奴はいないだろう。
剥き出しになったフレームには、赤黒い結晶が血管のように絡みつき、装甲の裂け目を埋めている。
極めつけは「音」だ。
エンジンは停止しているはずなのに、機体の奥底から『ドクン……ドクン……』という重低音が響いている。
まるで、巨大な冬眠中の獣だ。
「……おい、予備の装甲板を持ってこい」
班長が指示を出す。
恐る恐る近づいた整備兵が、鉄板を機体の足元に置いた。
その瞬間だ。
ジュルッ……。
機体の損傷部から赤い粘液が糸を引いて伸び、鉄板に触れた。
次の瞬間、鉄板はジュワジュワと音を立てて溶解し、機体に取り込まれていった。
「うわぁっ!?」
「食ってやがる……。鉄を食って、自分で治してやがるんだ」
班長が呻くように言った。
これはもう、整備じゃない。飼育だ。
そして、その「飼い主」は――。
機体のすぐ側、冷たい床に直接座り込んでいるエルゼ。
彼女は毛布を頭から被り、膝を抱えて動かない。
リズが甲斐甲斐しくスープやパンを運んでいるが、彼女は一口も手をつけていなかった。
「……エルゼ」
俺は声をかけた。
彼女の肩がビクリと跳ねる。
毛布の隙間から、金色の瞳が覗いた。
「……カイル。近づかないで」
「避けるなよ。相棒だろ」
「違うの……」
エルゼは自分の右腕を強く抱きしめた。
「……お腹が、空かないの。
リズが持ってきてくれたスープを見ても、何も感じない。
それなのに……あの鉄板が溶ける匂いを嗅ぐと……喉が鳴るの」
彼女の声は震えていた。
食欲という根源的な欲求すら、人間から逸脱し始めている。
俺は言葉を失った。
「カイル」
班長が、俺の肩を掴んで小声で囁いた。
「あの嬢ちゃん……もう『人間』として扱わない方がいいかもしれん」
「……なんだと?」
「誤解すんな。差別じゃねえ。……区別しなきゃ、周りが壊れちまうって話だ」
班長の視線が、怯える若い整備兵たちに向けられる。
畏怖。嫌悪。そして恐怖。
かつてのエースパイロットに向ける眼差しではない。
それは、神話に出てくる災厄――あるいは人の皮を被った「死神」を見る目だった。
「……ふざけんな」
俺は班長の手を振り払い、エルゼの元へ歩み寄った。
彼女が化物になった? それがどうした。
なら、その化物の手綱を握るのが、相棒の仕事だ。
俺は、彼女の隣にドカッと腰を下ろした。




