第78話 再会と深淵
夜明け前。
東の空域、放棄された旧帝國軍の滑走路。
そこに輸送機『ヘヴィ・ワン』は身を潜めていた。
「……来た! 帰ってきたぞ!」
見張りの整備兵が声を上げた。
私は輸送機のハッチから飛び出し、空を見上げた。
薄暗い雲の切れ間から、機影が現れる。
「お姉ちゃん……!」
けれど、私の歓喜は一瞬で凍りついた。
降りてきたのは、私の知る機体ではなかった。
全身が赤黒いヘドロのようなものでコーティングされ、装甲の至る所から角のような結晶が突き出している。
着陸の衝撃を吸収するダンパーの音ではない。
ズズ……ンッ。
まるで巨大な肉塊が地面に落ちたような、生々しい音が響いた。
機体は滑走路に降り立つと、力尽きたように膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
プシュウゥゥ……。
蒸気と共に、鉄の焼ける匂いと、獣臭い異臭が風に乗って漂ってくる。
「ひっ……なんだあれは……」
駆け寄ろうとした整備兵たちが、恐怖で足を止める。
あれは、兵器じゃない。
皮を剥がれた魔獣そのものだ。
「お姉ちゃんッ!!」
私は制止する声を振り切って走り出した。
機体の胸元から、蒸気を上げてハッチが開く。
中から、カイルさんがふらつく足取りで這い出てきた。
彼は私を見ると、痛ましげに顔を歪め、コクピットの中を振り返った。
「……リズ、来るな」
「え……?」
カイルさんが低い声で言った。
「今のあいつを、見ないほうがいい」
その言葉の意味を理解するより早く、私はハッチの縁に手をかけた。
暗いコクピットの中。
計器類の火花がチカチカと明滅している。
その奥に、彼女は座っていた。
「……お姉、ちゃん?」
エルゼ姉さんは、ゆっくりと顔を上げた。
右半分が、黒い鱗に覆われている。
かつて優しく私を見つめていた瞳は、爬虫類のように縦に割れ、金色に発光していた。
右腕は操縦桿と癒着し、どこまでが肉体で、どこからが機械なのか判別できない。
「……リズ」
姉さんが唇を動かした。
その声は、二重に聞こえた。
人間の声と、低く唸る獣の声が重なっている。
「ごめんね……。こんな姿で、会いたくなかったな」
姉さんは、鱗のない左手で、自身の右顔を隠すように覆った。
その指先が震えているのが見えた。
私は息をするのも忘れていた。
怖い。
本能が、目の前の存在を「捕食者」だと告げている。
けれど、それ以上に――胸が張り裂けそうだった。
「違う……謝らないでよ……!」
私は震える足で踏み込み、コクピットの中へ飛び込んだ。
異臭も、熱も、恐怖も無視して、私は姉さんの体に抱きついた。
「私のために……っ! 私を守るために、こんな体になってまで……ッ!」
触れた姉さんの体は、火傷しそうなほど熱かった。
硬い鱗の感触。
けれど、その奥にある鼓動は、紛れもなく私のお姉ちゃんのものだった。
「……ただいま、リズ」
姉さんの左腕が、おずおずと私の背中に回される。
夜明けの光が、異形の姉妹と、脈打つ鉄の怪物を照らし出していた。




