第77話 鼓動する鉄
燃え盛るニーズヘッグの残骸が、雨に打たれて黒い煙を上げている。
その光景を、私はぼんやりと眺めていた。
勝った、という実感は薄い。
あるのは、泥のように重い疲労感と、右半身を支配する「熱」だけだ。
『……おい、エルゼ。生きてるか』
カイルの声で、意識が浮上する。
彼はアヴェンジャーの肩からコクピットハッチを強引にこじ開け、中を覗き込んだ。
『うっ……』
カイルが鼻を押さえる。
コクピットの中は、オイルの臭いではなく、鉄錆と血が混じったような、生臭い臭気で満たされていた。
「……ごめん。臭うでしょ」
『バカ言え。……怪我は』
カイルが懐中電灯を私に向ける。
光が私の顔を照らした瞬間、彼は息を呑み、動きを止めた。
右の頬を覆う黒い鱗。
縦に割れた瞳孔。
光を当てても縮まないその瞳は、もはや人間の機能を有していないように見えた。
『……ひどいな』
「……ええ。お嫁には行けないわね」
私が自嘲気味に笑うと、カイルは苦虫を噛み潰したような顔をして、視線を逸らした。
その視線が、私の右腕と一体化したコンソールへ向く。
『こいつもだ。……見ろよ』
カイルが指差した先。
アヴェンジャーの破損した装甲の隙間から、赤黒い粘液のようなものが滲み出し、傷口を塞ごうとしていた。
ズズッ、ズズッ……。
微かな音を立てて、機体が「治癒」しているのだ。
「……私の魔力を吸ってるのよ。この子が、私の命を燃料にして動いてる」
『燃料だって? こりゃまるで吸血鬼じゃねえか』
カイルは悪態をつきながらも、私の左肩を支えてくれた。
『とにかく、ここを離れるぞ。ニーズヘッグの爆発で、他の連中が嗅ぎつけてくるかもしれねえ』
「ええ……。リズたちは?」
『予定通り、東の空域へ抜けた。無線封鎖中だが、無事なはずだ』
妹の無事を確認し、私は安堵の息を吐いた。
それだけで、化け物になった甲斐があるというものだ。
私は動かない右腕の代わりに、機体へ「意志」を送った。
動け。立つんだ。
ドクンッ!!
アヴェンジャーが大きく脈打ち、軋む関節を強引に駆動させて立ち上がった。
エンジンの回転音ではない。
巨大な心臓が動くような、不気味な振動が背中から伝わってくる。
『……気持ち悪い機体になりやがって』
カイルが後席に潜り込み、ハッチを閉める。
雨音が遠ざかり、再び二人と一匹の密室に戻った。
「行きましょう、カイル。……私たちの墓場は、ここじゃない」
アヴェンジャーが一歩を踏み出す。
その足跡には、オイルではなく、赤黒い体液が滲んでいた。
私たちは、鉄の墓標を背に、重い足取りで歩き出した。




