第72話 竜の舞踏
空気が裂ける音が絶え間なく続く。
私の視界は、赤く染まっていた。
警報音も、エンジンの咆哮も、遠くの出来事のように聞こえる。
聞こえるのは、ドクン、ドクンという、私と機体の重なった心音だけだ。
『速えッ……! なんだあの動きは!』
カイルが呻く。
前方を飛ぶニーズヘッグは、物理法則を無視した機動を見せていた。
可変翼を複雑に羽ばたかせ、慣性を打ち消すように急停止と急加速を繰り返す。
まるで重力という鎖から解き放たれた猛禽類だ。
ジュッ! ジュワァッ!
不規則な軌道から放たれる紫色のレーザーが、アヴェンジャーの鼻先を掠める。
実弾と違い、光速の攻撃は見てから避けることは不可能だ。
だが――。
(……来る)
右腕がチリリと熱くなる。
「殺気」が肌を刺す。
私は思考するより早く、操縦桿を蹴り倒すように入力した。
ガガガッ!
機体が空中で不自然に捻れ、レーザーの射線を紙一重で回避する。
予測回避。
いや、機体が「痛み」を嫌がって勝手に避けているのかもしれない。
『ハハッ! 当たらねぇなァ! 本当に人間かよ、お前!』
ハウンド1の愉悦に満ちた声が響く。
ニーズヘッグが反転し、正面から突っ込んでくる。
機首のレーザー砲口が怪しく輝く。
チキンレース。真っ向勝負だ。
「カイル! 撃てッ!」
『言われなくても!』
私はスロットルを全開にし、真正面から突撃した。
敵のレーザー発射と同時に、カイルがトリガーを引く。
ズダダダダダッ!!
30mm機関砲が火を噴く。
だが、ニーズヘッグの前面に、蜂の巣状の「紫色の障壁」が展開された。
キン、キン、キンッ!
徹甲弾が障壁に弾かれ、火花を散らす。
『チッ、あのバリア硬すぎだろ!』
「一点突破!」
私は回避行動を取らず、弾幕の雨の中を直進した。
敵のレーザーがアヴェンジャーの左翼を貫き、装甲を溶解させる。
焦げ臭い匂い。
自分の皮膚が焼かれるような錯覚。
「うああぁぁぁッ!!」
私は絶叫と共に、右腕から全ての魔力を注ぎ込んだ。
アヴェンジャーの機首が赤黒く発光し、機関砲の弾丸に私の魔力が宿る。
ガガガガガッ!!
赤黒いオーラを纏った弾丸が、紫の障壁に突き刺さる。
バリィィンッ!!
ガラスが割れるような音と共に、ニーズヘッグの障壁が砕け散った。
『なっ……!?』
ハウンド1の驚愕の声。
すれ違いざま、剥き出しになったニーズヘッグの翼に、数発の弾丸を叩き込む。
ドォン!
黒い装甲片が飛び散り、敵機がバランスを崩して回転した。
『……クソがッ! 化物がよォ!』
ニーズヘッグは黒煙を引きながら、雲の中へと一時退避していく。
深追いはしない。いや、できない。
「ハァ……ハァ……ッ」
敵影が消えた瞬間、全身から力が抜けた。
視界が明滅する。
右腕を見ると、肩まで覆っていた黒い鱗が、さらに胸元まで侵食しているのが見えた。
『……おい、輸送機は逃げ切ったぞ。雲の上に出た』
カイルの声に、私はモニターへと目を向けた。
レーダーの端で、リズたちを乗せた輝点が戦域を離脱していくのが見えた。
「……よかった」
安堵と共に、強烈な吐き気がこみ上げてくる。
守り切った。
けれど、その代償は確実に私の体を蝕んでいた。




