第7話 極北の最前線
世界が白一色に塗り潰されていた。
北極海油田基地『ニヴルヘイム』。
海面から突き出した巨大な氷柱のような岩礁に、無数のパイプと鉄塔が寄生している。
煙突から吐き出される黒煙と、地脈から吸い上げられた魔素の光が、猛吹雪の中で混ざり合っていた。
吹き荒れる風の音は、まるで巨人の呻き声だ。
外気温はマイナス三十度。竜の皮膚さえ凍てつく極寒の地獄。
「――クソッ、オイルがまた凝固してやがる。おい、予備の加熱魔石を持ってこい!」
吹きさらしの格納庫で、整備班長のガンツが怒鳴り散らしている。
彼の吐く息は瞬時に凍りつき、髭には白い霜が降りていた。
私は愛機の翼の下で、震える指を擦り合わせていた。
寒い。
防寒術式が施された軍服を着ていても、骨の芯まで冷気が染み込んでくる。
だが、この寒さだけが、火照った喉の痛みを少しだけ和らげてくれていた。
「……ガンツ、調子はどう?」
「最悪だ。ここの環境は飛竜には過酷すぎる。関節のグリスは凍るし、魔導タービンの吸気口もすぐに氷結しちまう」
ガンツは悪態をつきながら、竜の喉元に赤い輝きを放つコイルを巻き付けていた。吸気温度を上げるための応急処置だ。
竜は不快そうに身じろぎし、鼻孔から白い蒸気を噴き出す。
「だが、飛ばないわけにはいかねえんだろう? ここの『黒い血』を守るためにはよ」
ガンツが顎でしゃくった先には、基地の中央にそびえる巨大な採掘塔が見えた。
大地に深く突き刺さり、星の生命力である液状化魔素――通称『原油』を無理やり吸い上げる鉄の針。
ドクン、ドクンと、基地全体が心臓のように脈打っているのが分かる。
帝國の繁栄を支えるエネルギー源。
それは同時に、大地を壊死させ、有毒なガスを撒き散らす元凶でもある。
「……星の血を啜って生き延びる。帝國らしいわね」
私が皮肉を漏らすと、ガンツはニヤリと笑った。
「違げえねえ。俺たちもそのおこぼれで飯を食ってるダニってわけだ。……ほらよ、作業は終わった。だが無理な機動はするなよ。翼が氷漬けになって砕けるぞ」
「善処するわ」
私は短く礼を言い、タラップに足をかけた。
その時だった。
格納庫の入り口から、冷気と共に一人の少年兵が駆け込んでくるのが見えた。
まだサイズの合っていない、真新しい軍服。
その瞳は、この薄汚れた最前線には似つかわしくないほど、不気味に輝いていた。




