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第62話 逆落とし



 警告音アラートが鳴り止まない。

 レーダーモニターは、敵影を示す赤点で埋め尽くされ、真っ赤な海と化していた。


『6時方向、敵影多数! 数えるのも馬鹿らしい数だ! ミサイル来るぞ!』


 カイルの悲鳴交じりの報告と同時に、後方から無数の白煙が伸びてくるのが見えた。

 熱源探知ミサイルの群れ。

 遮蔽物のない高高度で、これだけの数を避けるのは不可能に近い。


「……振り切るわよ」

『あぁん? どこに逃げるんだよ! 上も横も塞がれてるぞ!』

「下よ」


 私は操縦桿を前に倒し、機首を垂直に下げた。

 眼下に広がるのは、分厚い積乱雲の絨毯だ。

 あの雷雲の中なら、レーダーも熱源探知も無効化できる。


『雲海へダイブか! ……正気かよ、雷の巣だぞ!』

「ハチの巣にされるよりはマシでしょ!」


 私はスロットルを最大出力フルパワーに叩き込んだ。

 ドォォォォォッ!!

 アフターバーナーが咆哮し、アヴェンジャーは重力に加速を上乗せして、隕石のように落下を始めた。


 キィィィィン……!

 風切り音が絶叫に変わる。

 速度計の数字が跳ね上がり、機体がガタガタと悲鳴を上げる。


『追いついてくるぞ! しつこい連中だ!』


 背後のモニターを見ると、数機の軽竜騎兵ドラグーンが、私たちの真似をして急降下してきていた。

 ミサイルもまだ食らいついている。


「チッ……!」


 私は右腕の激痛を無視し、エアブレーキを一瞬だけ展開した。

 ガクンッ!

 強烈な減速Gに襲われ、体が前のめりになる。


 その直後、私たちの機体を追い越していった敵機とミサイルが、遥か下方で交差した。

 ドォン! ドォォン!!

 味方のミサイルに背中を撃たれた敵機が爆散する。


『ハハッ! 自滅しやがった!』

「まだよ! 雲に入る!」


 ズボォォッ!!

 視界が真っ白に染まった。

 アヴェンジャーは猛烈な勢いで雲海へと突入した。


 バリバリバリッ!!

 機体の表面を青白い電流が這う。

 乱気流が機体を木の葉のように弄ぶ。

 上下左右の感覚が消え失せる「空間識失調バーティゴ」の世界。


『うおぉっ!? 揺れる揺れる! 吐きそうだ!』

「舌を噛まないようにね!」


 私は計器だけを信じて機体を制御した。

 高度計が狂ったように回転している。


『おいエルゼ! レーダーに感あり! 前だ!』


 カイルの声に顔を上げると、白い霧の向こうに、巨大な岩肌が迫っていた。

 雲の中に隠れていた岩峰だ。


「ッ……!!」


 回避は間に合わない。

 私は反射的に機体を横転させ、岩肌とスレスレの隙間を、ナイフの刃を通すようにすり抜けた。


 ゴォォォォッ……。

 岩肌を掠める風の音が、死神の囁きのように聞こえた。


『……生きてるか?』

「なんとかね」


 私たちは雲を抜け、薄暗い雨空の下へと飛び出した。

 頭上の雲海が、追撃部隊を遮る天然の盾となってくれている。

 レーダーの反応も消えた。


『……撒いたか』


 カイルが大きく息を吐く音が聞こえた。

 私もシートに背中を預け、震える右腕を抑えた。


 脱出成功。

 けれど、燃料計はレッドゾーン。

 現在地は不明。

 満身創痍の逃避行は、まだ始まったばかりだった。


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