第61話 巨人の腹
ブォォォォォン!!
魔導炉の再始動に伴い、アヴェンジャーの全身から衝撃波が放たれた。
機体に群がっていた整備兵や警備兵たちが、枯葉のように吹き飛んでいく。
『――右翼エンジン、回転数(RPM)安定。兵装システム、強制オンライン。……弾は半分しかねえが、脱出するには十分だ!』
カイルの声には、水を得た魚のような覇気が戻っていた。
私も奥歯を噛み締め、接続された右腕に魔力を流し込む。
痛い。けれど、この痛みが機体とのリンクを強固にする。
「行くわよ、カイル! 振り落とされないで!」
私はスロットルを叩き込んだ。
アヴェンジャーの金属爪が、格納庫のデッキプレートを深く抉り、火花を撒き散らしながら前進する。
狭い艦内でのタキシング(地上走行)。
翼の端がクレーンや足場を薙ぎ倒し、鉄骨が飴細工のように曲がっていく。
「止まれ! 撃て、撃てェッ!」
前方の通路を塞ぐように、重装歩兵の部隊が展開し、一斉射撃を浴びせてくる。
カン! カカカカンッ!
小口径の弾丸が、アヴェンジャーの装甲に当たって虚しく弾け飛ぶ。
『蚊が刺した程度にもならねえな。……どいてな、轢き殺すぞ!』
カイルが威嚇のために機首のバルカン砲を空撃ちした。
バラララッ!
天井の配管が弾け飛び、高圧蒸気が白煙となって歩兵部隊を覆う。
悲鳴と共に、彼らは散り散りになって逃げ惑った。
「カイル、出口は!?」
『正面だ! だが、発艦ゲートが閉鎖されてる! 分厚い装甲隔壁だ!』
視界の先、巨大な鋼鉄の壁が立ちはだかる。
正規の手順で開くのを待っている時間はない。
「……こじ開けるわ」
『了解。……「ノック」してやろうぜ!』
私は機体の足を止めず、隔壁に向かって一直線に突っ込んだ。
同時に、カイルがFCS(火器管制)のロックを解除し、ミサイルポッドの蓋を開く。
「撃てェェッ!!」
ズドォォン!!
至近距離で放たれた二発のミサイルが、隔壁のロック機構に突き刺さり、爆発した。
凄まじい爆風と熱風が、閉鎖された格納庫内を駆け巡る。
ギギギギッ……!!
爆発の衝撃で隔壁が歪み、わずかな隙間が生まれた。
その瞬間。
ヒュオォォォォォォッ!!
気圧差による「爆発的減圧」が発生した。
艦内の空気が、こじ開けられた穴から外の成層圏へと一気に吸い出されていく。
固定されていない資材、ドラム缶、そして逃げ遅れた兵士たちが、悲鳴と共に穴の向こうへと吸い込まれていった。
「きゃぁっ!?」
アヴェンジャーもまた、強烈な吸引力で前方へと引きずり込まれる。
『掴まれエルゼ! 空気の流れに乗れ! 吐き出されるぞ!』
私は操縦桿にしがみつき、機体の姿勢制御に全神経を注いだ。
歪んだ隔壁の隙間。
翼を擦りながら、私たちはその狭い「産道」を強引に通り抜けた。
ガガガガッ!!
装甲が削れる嫌な音。
そして――。
フッ、と音が消えた。
視界が一気に開ける。
眼下には、見渡す限りの雲海。
頭上には、どこまでも深い群青色の空。
「……出た!」
私たちは、巨人の腹の中から、広大な空へと吐き出されたのだ。
重力が戻り、機体が落下を始める。
『エンジン全開! 失速するぞ!』
「分かってる!」
私は空中で機体のバランスを立て直し、アフターバーナーに点火した。
ドォォォッ!!
アヴェンジャーが青い尾を引き、自由の空へと飛翔する。
だが、安堵する間もなかった。
背後の『ナグルファル』から、無数の黒い点――追撃の竜騎兵たちが、蜂の群れのように吐き出されてくるのが見えた。
『……やれやれ。お礼参りの時間だ』
「ええ。……ここからは、こちらの領分よ」
私たちは脱出に成功した。
けれど、本当の地獄はこれからだ。




