第58話 硝子の檻
意識が浮上すると同時に、強烈な吐き気が襲ってきた。
魔力ショックの後遺症だ。頭が割れるように痛い。
「……っ、う……」
身じろぎしようとして、体が動かないことに気づく。
目を開けると、そこは無機質な白い部屋だった。
いや、部屋ではない。私は分厚い強化ガラスの円筒――巨大な試験管のようなカプセルの中に閉じ込められていた。
手足は拘束具で固定され、特に右腕は厳重に、何重ものロックが掛けられた金属ケースで覆われている。
「――お目覚めかな、歌姫」
ガラス越しに、歪んだ声が聞こえた。
カプセルの外に、男が立っている。
包帯だらけの身体に、ラフな軍服を羽織った男。
ハウンド1だ。
「……貴方は」
「よォ。デートの続きと行きたかったが、爺さんがうるさくてな。……ここは『ナグルファル』の特別保管室だ。テメェのような危険物を置いておくためのな」
ハウンド1はコツコツとガラスを叩き、品定めするように私を見上げた。
その目は、人間を見る目ではない。珍しい昆虫標本を見る子供の目だ。
「カイルは……カイルはどうしたの!?」
「あぁ、あの腰巾着か? 安心しろ、生きてるぜ」
彼は懐からリモコンを取り出し、壁のモニターを点灯させた。
映し出されたのは、薄暗い独房で椅子に縛り付けられ、ぐったりとしているカイルの姿だった。
顔は殴られたように腫れ上がり、軍服はボロボロだが、胸は上下している。
「……カイル!」
「尋問中だよ。ネズミどもの残党がどこに逃げたか、吐かせなきゃなんねぇからな。……ま、あいつは頑丈そうだから、あと二、三日は持つんじゃねェか?」
ハウンド1はケラケラと笑う。
怒りで視界が赤く染まる。
ガラスを叩き割って、今すぐこいつを殺したい。
けれど、魔力を練ろうとしても、右腕の拘束具が不快な音を立ててそれを霧散させてしまう。
「無駄だぜ。その拘束具は『対竜』仕様だ。魔力を流そうとすればするほど、神経に激痛が走る仕組みになってる」
彼は愉悦に満ちた表情で続けた。
「諦めろエルゼ。テメェはもうパイロットじゃない。……ただの『パーツ』だ」
「……パーツ?」
「そうだ。俺たちの母体……『原初の竜』を復活させるための、重要なスペアパーツだよ」
ハウンド1が顔を近づけ、ガラスに手を触れた。
「俺も、テメェも、そのために造られた。……戦うために生まれた俺たちが、なぜ戦場で惹かれ合ったか分かるか? 魂が同じ形をしてるからさ。……破壊衝動に飢えた、欠陥品の魂がな」
ゾクリ、と背筋が凍る。
否定したい。けれど、あの戦闘中に感じた高揚感、あの「共鳴」は事実だった。
「……一緒にするな。私は、貴方とは違う」
「違わねェよ。……近いうちに『適合手術』がある。テメェの脳と心臓を、もっといい器に移し替えるらしいぜ。……楽しみだなァ」
彼は狂気的なウインクを残し、踵を返した。
「それまで大人しくしてな。……俺の可愛い『妹』よ」
照明が落とされ、部屋は暗闇に包まれた。
静寂の中で、右腕の鈍い痛みだけが残る。
カイルは拷問され、リズとは離れ離れ。そして私は、人間としての尊厳すら奪われようとしている。
(……終わらない)
私は暗闇の中で、血の味がするほど唇を噛み締めた。
(まだ生きてる。……生きてるなら、チャンスはある)
硝子の檻の中で、復讐の炎だけは消えていなかった。




