第57話 鳥籠の空
死を覚悟した瞬間だった。
全方位から降り注いでいた弾幕が、嘘のようにピタリと止んだ。
「……何?」
私は荒い息を吐きながら、血走った目で周囲を見回した。
敵機は引いていない。むしろ、距離を詰め、私たちを球体状に取り囲んでいる。
数百の銃口がこちらを向いているのに、誰も引き金を引かない。
『……弾切れか? いや、違うな』
カイルが不快そうに呻く。
『殺す気がないんだ。……命令が出たな。「生け捕りにしろ」ってよ』
その言葉を裏付けるように、帝國軍の通信回線が開いた。
『――反逆者エルゼ・フォン・エーデルワイス。及び同乗者』
事務的な、感情のない声。
『貴官らの機体は完全に包囲されている。直ちに魔導炉を停止し、降伏せよ。……抵抗すれば、四肢を切り落としてでも連行する』
「……ふざけないで」
私は吐き捨てた。
降伏? 帝國に戻って、またあの実験台の日々を送れというのか。
リズを守れないなら、私はただの肉人形だ。そんなものになるくらいなら――。
「カイル、道連れにしていい?」
『……へっ、上等だ。派手に散ろうぜ』
私たちは最期の特攻を選んだ。
標的は、眼前に浮かぶ巨大母艦『ナグルファル』の艦橋。
「アヴェンジャー、最大出力!」
残った全ての魔力を右腕に叩き込み、スロットルを押し込む。
だが。
ガギィィィンッ!!
激しい金属音と共に、機体が強烈な衝撃を受けてつんのめった。
「なっ……!?」
警報音が鳴り響く。
モニターを見ると、アヴェンジャーの両翼と尾翼に、太いワイヤー付きのアンカーが突き刺さっていた。
『捕縛隊だ! くそッ、いつの間に下から……!』
雲の下から忍び寄っていた特殊仕様の竜騎兵たちが、銛のようなアンカーを打ち込んできたのだ。
四方八方から放たれたワイヤーが、蜘蛛の巣のようにアヴェンジャーを絡め取る。
「離せェェッ!!」
私は右腕を引きちぎる勢いで操縦桿を暴れさせた。
魔導炉が唸り、ワイヤーがキリキリと悲鳴を上げる。
一機、また一機と、ワイヤーの先の敵機を引きずり回す。
『――往生際が悪いぞ、サンプル』
冷淡な声と共に、ワイヤーを通じて高圧電流のような「魔力ショック」が流し込まれた。
バチバチバチッ!!
「あがぁッ……!!」
『ぐあぁぁぁッ!!』
神経を直接焼かれる激痛。
アヴェンジャーの制御系がショートし、コクピットの計器が次々と爆ぜる。
そして何より、私の右腕が限界を超えた。
ブチッ。
体の中で、何かが切れる音がした。
「あ……」
右腕の感覚が消える。
力が抜けたアヴェンジャーは、空中でダラリと四肢を投げ出した。
魔導炉の火が消え、ただの鉄の塊へと戻っていく。
無数の敵機にワイヤーで吊り下げられた銀色の翼。
それはまるで、鳥籠の中の囚われの鳥だった。
『目標、沈黙を確認』
『収容作業に移る。……丁重に扱えよ。元帥閣下のお気に入りのオモチャだ』
屈辱的な会話が聞こえてくる。
薄れゆく意識の中で、私は巨大な『ナグルファル』のハッチが、怪物の口のように開くのを見た。
(……ごめん、リズ)
暗闇が視界を覆う。
私たちは、空の処刑場へと引きずり込まれていった。




