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第55話 死地への翼



 コクピットに滑り込んだ瞬間、鼻をつくオイルと血の匂いが、ここが私の居場所だと教えてくれた。


「……接続コネクト


 私は震える右腕を、コンソールの端子へと乱暴に押し込んだ。

 ズプッ、グチュッ。

 湿った音と共に、神経が機体のシステムと癒着していく。


「ぐっ、うぅぅ……ッ!」


 脊髄を剣山で突き刺されるような激痛。

 視界が明滅し、脂汗が噴き出す。

 痛み止めなんて気休めにもならない。けれど、この痛みがなければ『アヴェンジャー』は目覚めない。


『――システムオールグリーン。……と言いたいところだが、真っ赤だ』


 後席のカイルが、モニターを見ながら皮肉っぽく呟いた。


『右翼のフラップ反応遅延。FCS(火器管制)はエラー吐きまくりだ。ロックオンは期待するな』

「……飛べればいいわ」

『言うねぇ。……エンジン始動!』


 キュイイィィン……ドォォォォォッ!!

 魔導炉が唸りを上げ、背中越しに強烈な振動が伝わってくる。

 まるで、機体自身が「早く血を吸わせろ」と苛立っているようだ。


「アヴェンジャー、発進する!」


 スロットルを全開にする。

 アフターバーナーの青い炎が、薄暗い格納庫を照らし出した。

 金属製の着陸脚ギアがコンクリートを削り、火花を散らしながら疾走を開始する。


 ズドォォォンッ!!

 滑走路の前方で天井が崩落し、巨大な瓦礫が道を塞いだ。


『障害物! 避けきれんぞ!』

「どかすのよ、カイル!」

『あいよッ!』


 カイルが手動で機銃のトリガーを引く。

 ババババババッ!!

 アヴェンジャーの機首から放たれた30ミリ弾が、落石を粉々に砕く。

 私たちはその破片の嵐の中を、減速することなく突っ切った。


「――抜けるッ!」


 トンネルの出口。その向こうに広がる鉛色の空。

 私は操縦桿を力任せに引き上げた。


 ガガガガッ!

 着陸脚が地面を離れ、重力が私をシートに押し付ける。

 浮いた。

 翼が風を掴み、機体が一気に上昇する。


 その瞬間、視界に飛び込んできたのは――絶望だった。


「……冗談でしょ」


 空を埋め尽くしていたのは、雲ではない。

 無数の帝國軍機だ。

 軽竜騎兵の編隊。爆撃機の群れ。

 そして、それらを統率するように鎮座する、超巨大な影。戦略母艦『ナグルファル』。


『おいおい……歓迎会にしちゃ派手すぎるぜ』

「……行くわよ、カイル」


 私は右腕の痛みをねじ伏せ、機体をバンク(傾斜)させた。

 逃げ道なんてどこにもない。

 あるのは、死か、勝利か。


「ここが私の、処刑台ステージよ」


 たった一機の銀色の翼が、黒い大艦隊に向かって突撃を開始した。


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