第54話 魔女の罪
基地内は、怒号と悲鳴が飛び交う地獄絵図と化していた。
「急げ! 暗号機を破壊しろ! 書類は全部燃やせ!」
「輸送機のエンジン始動! とっとと積め!」
前回の戦闘で「場所が割れた」と判断した司令部は、即座に撤退命令を出していた。
だが、動き出しが遅すぎた。
まだ物資の搬出も半分も終わっていない段階で、地響きのような爆撃音が頭上から降り注いできたのだ。
ズズズズズ……ンッ!!
岩盤が軋み、天井からパラパラと砂塵が落ちてくる。
「敵襲! 敵襲! 直上より爆撃!」
「早すぎる! 敵主力艦隊、すでに本拠地上空に展開! 包囲されています!」
通信兵の絶望的な報告に、私はリズの眠る集中治療室(ICU)の前で唇を噛んだ。
カイルの予想では「数日の猶予はある」はずだった。
けれど、帝國は私たちの喉元に、一足飛びで食らいついてきた。
「……発信機か」
廊下を走ってきたカイルが、苦々しい顔で吐き捨てた。
「整備班がアヴェンジャーから奇妙な信号を見つけた。……あの野郎、戦闘中にマーカーを打ち込んでやがったんだ。だからピンポイントで、最短距離で来やがった」
「私の……せいね」
私が連れてきてしまったのだ。帝國という名の死神を。
周囲の兵士たちが、私を見る目に殺気が宿る。
「テメェのせいで!」
「疫病神が! ここで殺してやる!」
数人の兵士が銃を構えるが、カイルがそれを怒鳴りつけた。
「やめろ! 内輪揉めしてる時間はない! 輸送機が出るまで持ちこたえるのが先だ!」
「うるせえ! どのみち全滅だ!」
その時、艦内放送で司令官の声が響いた。
『――総員に通達。現時刻をもって、重要物資と人員の緊急脱出を開始する』
冷徹な声は続く。
『なお、輸送機の積載量には限りがある。重傷者、および移動に生命維持装置を要する患者の搬送は……断念せよ』
「っ……!?」
私は心臓が止まるかと思った。
断念。それは、リズを見捨てるということだ。
「待って……! リズを置いていくなんて、そんな!」
私は弾かれたように司令室の方角へ叫んだ。
だが、現実は非情だ。
轟音と共に、近くの通路が崩落し、悲鳴が上がる。
このままでは全滅する。
誰かが、時間を稼がなければならない。
死ぬ気で、盾にならなければ。
「……私が、行きます」
私は震える声で言った。
カイルが驚いて振り返る。
「おい、エルゼ? まだ腕も治ってないんだぞ!」
「関係ない。……私が敵を引きつける。その隙に、輸送機を出して。……リズも乗せて」
私は近くにいた指揮官クラスの男に詰め寄った。
「取引して! 私が帝國軍を食い止める! 一機も通さない! だから……妹を助けて!」
男は私の、鬼気迫る表情を見て、少しだけ怯んだ。
そして、計算するように目を細める。
「……フン。死に損ないの『アヴェンジャー』一機で、何分持つかな」
「持たせてみせるわ。……死んでも」
「いいだろう。貴様が敵の注意を引いている間に、妹のカプセルを積み込んでやる。……ただし、約束の時間より一秒でも早く落ちたら、妹は空から放り出すぞ」
最悪の条件。
けれど、私に選択肢はない。
「……交渉成立ね」
私はカイルに向き直った。
「カイル、貴方は乗らないで。一人で行くわ」
「馬鹿野郎」
カイルは私の頭を乱暴に掴み、ガシガシと揺すった。
「あんなボロ機体、一人で飛ばせるかよ。FCS(火器管制)もイカれてるんだぞ」
「でも、死ぬかもしれないのよ!?」
「今さらだ。……それに、俺の『備品』を勝手に使い捨てにされてたまるか」
カイルは不敵に笑い、ヘルメットを被った。
「行くぞ、相棒。……これが最後の空になるかもしれねぇからな」
私たちは崩れかける基地を背に、格納庫へと走った。
傷だらけの銀色の翼が、私たちを待っていた。




