第52話 焦げ付いた翼
滑走路への着陸は、墜落寸前のハードランディングだった。
展開した着陸脚の金属爪が地面を削り、凄まじい火花と金切り声を上げる。
『……おい、ブレーキだ! 止まれ!』
後席のカイルが怒鳴るが、私の手は痙攣して動かない。
アヴェンジャーは滑走路をオーバーランし、土煙を上げて草地を抉り、ようやく停止した。
プシュー……。
キャノピーが開くと同時に、焦げ臭い匂いがコクピット内に入り込んできた。
配線の焼ける匂いと、私の腕が焼ける匂いだ。
「エルゼ!」
カイルが飛び降り、私のハーネスを乱暴に外す。
ぐったりとした私の体を引きずり出した時、周囲に駆け寄ってきた整備兵たちが息を呑み、後ずさった。
「ひっ……なんだ、その腕……」
私の右腕は、包帯が燃え尽き、赤黒く変色した鱗が剥き出しになっていた。
しかも、その隙間から高熱の蒸気を発している。
それはもう、人間の腕というより、焼けただれたドラゴンの肉塊だった。
「見るな! 衛生兵! ストレッチャーだ! 急げ!」
カイルが怒号を飛ばす。
私は薄れゆく視界の中で、煙を上げるアヴェンジャーを見た。
銀色の翼もまた、高熱で変色し、まるで血を流しているように見えた。
(……まだ、壊れてない)
そう思ったのを最後に、私は意識を手放した。
*
目が覚めると、いつもの消毒液の匂いがした。
医療区画のベッドの上。
右腕には、ギプスのような分厚い拘束具が嵌められ、数本のチューブが繋がれている。
「……気がついたか、馬鹿者」
パイプ椅子に座っていたドクター・キースが、呆れたようにカルテを閉じた。
「リミッターを解除したそうだな。……死にたいなら別の方法を選べ。私の仕事を増やすな」
「……敵が、強かったのよ」
「『ケルベロス』だと言ったな。カイルから聞いたぞ」
キースの表情が曇る。
「帝國が作り出した生体兵器の実験部隊……。まさか、お前と同類の『人造の竜』を実戦投入してくるとはな」
「……同類」
私は右腕を見つめた。
あのハウンド1という男。彼からも、私と同じ血の匂いがした。
帝國は、私のような怪物を量産していたのだ。
「右腕の侵食が進んでいる。……このまま魔導炉のオーバードライブを続ければ、お前の体は竜の因子に乗っ取られるぞ。二度と人間に戻れなくなる」
「……構わないわ」
私は乾いた唇で答えた。
「リズを守れるなら、私は化け物でいい」
「……強情な娘だ」
キースはため息をつき、立ち上がった。
「カイルがお冠だぞ。報告が終わったら来るはずだ。……せいぜい説教されるんだな」
入れ替わりに、カーテンが開けられた。
入ってきたカイルは、ひどく疲れた顔をしていた。
「……生きてるか」
「ええ。貴方のおかげで」
「まったくだ。寿命が縮んだぞ」
カイルは私のベッドの端に腰を下ろし、天井を仰いだ。
「大佐に報告してきた。『ケルベロス』が出てきたとなれば、話が変わる。……基地の放棄も検討するそうだ」
「逃げるの?」
「相手は帝國の死神だぞ。場所がバレた以上、ここもじきに火の海だ」
カイルは視線を私に戻し、真剣な眼差しで告げた。
「エルゼ。奴はまた来る。……次はお前を殺すために、もっと強力な装備でな」
「……ええ、分かってる」
「勝てるか?」
その問いに、私は右手の拘束具を握りしめた。
痛みはある。恐怖もある。
でも、それ以上に――体の奥底で、あの狂った男との再戦を望んでいる自分がいた。
「勝つわ。……私が本物の『魔女』なら、紛い物の『狂犬』には負けない」
私の答えに、カイルは一瞬驚いた顔をし、それからニヤリと笑った。
「頼もしいこった。……じゃあ、まずはその腕を治せ。次のダンスまでにステップくらいは踏めるようにな」
帝國最強の処刑部隊の介入。
戦いは、局地戦から総力戦へと移行しようとしていた。




