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第50話 帝國の狂犬



『――見つけたぞ、歌姫』


 その声は、耳元のインカムではなく、脳髄に直接響くような不快な粘り気を帯びていた。

 私は反射的にスロットルを叩き込み、アフターバーナーを点火する。


「カイル、後ろを見て! 食いつかれる!」

『チッ、分かってる! ……速い! なんだコイツの加速は!』


 バックミラーの中で、黒い機影が急激に膨れ上がった。

 あり得ない。

 アヴェンジャーの巡航速度は音速を超えている。それを、まるで止まっている相手を追い抜くような勢いで距離を詰めてきた。


『ヒャハハハッ! 逃げ足だけは一丁前だな、裏切り者!』


 敵機からの通信が続く。

 黒い機体――鋭角的なフォルムを持つその機体は、翼を鳥のように変形させ、物理法則を無視した鋭角ターンで背後についた。


『ロックオンされた! 回避しろエルゼ!』


 カイルの絶叫と同時に、警報音が鳴り響く。

 私は操縦桿を限界まで引き、機体を横転バレルロールさせた。


 ジュッ、ジュジュッ!!

 一瞬前まで私たちがいた空間を、赤黒い光線が焼き焦がしていく。

 魔導弾ではない。

 あれは、高出力のレーザーだ。


「……帝國に、あんな兵器はないはずよ!」

『正規軍のデータにはない! 所属不明アンノウンだ!』


 私は歯を食いしばり、Gに耐えながら旋回戦ドッグファイトに持ち込んだ。

 相手の動きは異常だ。

 機械的ではない。まるで生き物のように、空気を掴み、滑るように機動する。


(……気持ち悪い)


 右腕がズキズキと疼く。

 接続端子を通じて、敵の「気配」が流れ込んでくるのだ。

 殺意。狂気。そして、ドロドロとした飢え。


『俺はハウンド1(ワン)。……帝國特務騎士団『ケルベロス』が、テメェの処刑執行人だ』


 男が名乗った瞬間、カイルが息を呑んだ気配がした。


『ケルベロス……!? あの噂は本当だったのか。帝國が飼っているという、魔導実験の失敗作どもめ……!』

『失敗作? 傑作と言ってくれよ。テメェらのような旧式ゴミを掃除するために作られたんだからなァ!』


 ハウンド1の機体が、空中でブレた。

 次の瞬間、機体表面の装甲が展開し、無数のミサイルポッドが露出した。


『さあ、踊れよ歌姫! その悲鳴を聞かせてみろ!』


 発射音。

 数十発の誘導魔導弾が、黒い煙を引いて殺到する。

 弾幕が視界を埋め尽くす。


「……ナメないで!」


 私は叫び、右腕に意識を集中させた。

 黒い鱗が発光し、アヴェンジャーの魔導炉が共鳴する。

 機体の推力が爆発的に跳ね上がった。


 グオォォォンッ!!

 強烈なGが全身の血管を押し潰そうとする。

 私はそれをねじ伏せ、ミサイルの隙間を縫うように急降下した。

 右へ、左へ。

 紙一重で爆炎をかわし、敵の懐へと潜り込む。


『捉えた……! カイル、FCS(火器管制)!』

『おうよ! 喰らえッ!』


 カイルがトリガーを引く。

 アヴェンジャーの機銃が火を噴き、光弾がハウンド1の機体へと吸い込まれた。

 直撃コース。

 落とした――そう思った瞬間。


 ギィィィン!!

 敵機の周囲に、紫色の障壁バリアが展開された。

 私たちの攻撃は、その障壁に弾かれ、無効化される。


「バリア!? 竜騎兵にそんな機能が……!?」

『ハッ、驚いたか? こいつは『ニーズヘッグ』。テメェの『ファフニール』と同じ、竜の心臓を食らった兄弟機だ』


 ハウンド1が嘲笑う。


『だが、性能はこっちが上だ。テメェのは不完全な欠陥品だが、こいつは完成されてるんでな!』


 ニーズヘッグと呼ばれた黒い機体が、空中で停止するかのような急制動をかけた。

 オーバーシュート。

 背後を取っていた私たちが、逆に前に出されてしまう。


『――形勢逆転だ。死ね』


 背後から、凍りつくような殺気が突き刺さった。

 まずい。

 完全にロックされた。


「くっ……!」

『チャフ撒くぞ! ブレイク!』


 カイルが叫ぶが、反応が間に合わない。

 私は反射的に右腕を引き抜きそうになる衝動を抑え、無理やり機体を横滑りさせた。


 ドォォォン!!

 至近距離で爆発。

 直撃は避けたが、衝撃で機体が大きく揺さぶられる。


『ぐあッ!』

「カイル!?」

『……平気だ、かすり傷だ! だが右翼のフラップをやられた! 機動力が落ちるぞ!』


 コンソールに赤い警告灯が点滅する。

 手負いのアヴェンジャー。

 対するは、無傷のバケモノ。


 雲の切れ間から、ハウンド1の機体が悠然と姿を現した。

 まるで、手負いの獲物を楽しむように。


『どうした? もう終わりか? 帝國最強の魔女ってのは、口ほどにもねぇなァ』


 私はギリッと奥歯を噛み締めた。

 恐怖よりも先に、屈辱と怒りが湧き上がる。

 この男は、戦争をしているのではない。

 狩りをしているのだ。私という獲物を。


(……上等じゃない)


 私は汗で張り付いた前髪を払い、獰猛な笑みを浮かべた。

 帝國のエリート? 特務騎士団?

 知ったことか。

 こっちは一度死んで、地獄から這い上がってきた身だ。


「カイル、しっかり捕まってて。……リミッターを外すわ」

『……おい、正気か? お前の腕が持たんぞ』

「殺されるよりマシよ。……アイツを、墜とす」


 私は右腕の接続をさらに深く、骨の髄まで機体と同化させた。

 激痛が走る。

 けれど、アヴェンジャーの咆哮は、私の怒りとリンクしてさらに高く響き渡った。


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