表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/52

第49話 曇天の狩場



 鉛色の雲が、低く垂れ込めていた。

 レジスタンスの地下格納庫は、いつも以上に重苦しい空気に包まれている。


「……整備は完了している。いつでも出せるぞ」


 整備班長が、汚れたウエスで手を拭きながら言った。

 彼の視線は、私の顔ではなく、背後の機体――『アヴェンジャー』に向けられている。

 その目には、明らかに「畏怖」の色が混じっていた。


「燃料満タン。弾薬もフルロードだ。……ただし、魔導炉の出力ゲインは弄ってない。あんなバケモノ、俺たちの手には負えんからな」

「ええ、それでいいわ。ありがとう」


 私が礼を言うと、班長は気まずそうに鼻を鳴らし、早足で立ち去った。

 誰もこの機体に触れたがらない。

 帝國の最新鋭機であり、魔竜の心臓を積んだ呪われた翼。

 それに乗るのは、味方殺しの魔女と、その監視役だけだ。


「……嫌われたもんだな」


 タラップを降りてきたカイルが、苦笑交じりに言った。

 彼はヘルメットを小脇に抱え、機体の点検チェックを終えたところだった。


「気にしてないわ。……それより、今日の任務は?」

「哨戒だ。C4エリアにて、帝國軍の残存部隊を探し出し、排除する」

「……掃除屋スイーパーの仕事ね」


 私は小さく溜息をついた。

 英雄としての誇りも、軍人としての名誉もない。

 ただ言われた場所へ飛び、言われた敵を殺す。それが今の私の全てだ。


「行くぞ。モタモタしてると、上がうるさい」


 カイルに促され、私はコクピットへと登った。

 前席フロントシートに滑り込み、慣れた手つきでハーネスを締める。

 そして、右腕の包帯を解き、剥き出しになった黒い鱗の腕を、コンソールの接続端子へと突き刺した。


 ズプッ、という湿った音。

 神経が機体と繋がり、アヴェンジャーのシステムが私の拡張器官となる。


『――接続確認リンク・チェック。……調子はどうだ、相棒』


 インカム越しに、後席バックシートのカイルの声が響く。


「……最悪よ。頭の中にノイズが走る」

『平常運転だな。……アヴェンジャー、発進する』


 ジェット音が轟き、銀色の機体が滑走路を疾走する。

 Gが身体を押し付け、私たちは曇天の空へと舞い上がった。


          *


 高度三千メートル。

 雲海の上は、死んだように静かだった。


 私たちはC4エリアの上空を旋回していたが、敵影は皆無だった。

 いつもなら、帝國の軽竜騎兵ドラグーンが編隊を組んでパトロールしている空域だ。

 それが今日は、鳥一羽飛んでいない。


『……妙だな』


 カイルが訝しげに呟く。


『レーダーに反応なし。熱源もゼロ。……帝國軍がここを放棄するはずがないんだが』

「……ええ。静かすぎるわ」


 私の肌も、粟立つような違和感を覚えていた。

 何かがおかしい。

 この静寂は、平和なものではない。

 捕食者が獲物を待ち伏せしている時のような、張り詰めた空気だ。


 ズキン。

 不意に、右腕が脈打った。


「っ……!」

『どうした、エルゼ?』

「……分からない。でも、何かが来る」


 機体と直結した右腕が、熱を持って疼き出した。

 痛みは次第に強くなり、まるで警告音のように脳内を揺さぶる。

 これは、ただの敵意ではない。

 もっと異質で、禍々しい何かが近づいている。


『おい、レーダーには何も映ってないぞ。……故障か?』

「違う! 計器じゃない……本能が叫んでるの!」


 私は反射的に操縦桿を引き、機体を急上昇させた。


「上よ! 雲の上から来る!」


 その直後だった。

 雲海を突き破り、黒い稲妻のような影が、私たちの直下を猛スピードで通過していった。


 ヒュンッ!!

 風切り音と共に、空間そのものが悲鳴を上げたような衝撃波。

 一瞬遅れて、コックピット内の警告アラートが絶叫を始めた。


『なっ……!? なんだ今の速度は!』


 カイルが素っ頓狂な声を上げる。

 私は冷や汗を流しながら、キャノピー越しにその影を目で追った。


 旋回して戻ってくる黒い機体。

 それは帝國軍の正規機体ではない。

 翼の形状も、エンジンの光も、何もかもが規格外。

 そして何より――。


(……同じ匂いがする)


 私の右腕が、共鳴するように激しく脈打っていた。

 あの中にも、私と同じ「バケモノ」がいる。


『――見つけたぞ、歌姫』


 オープンチャンネルから、ノイズ混じりの男の声が割り込んできた。

 それは、獲物を見つけた獣の、愉悦に満ちた声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ