第48話 反逆の魔女
帝都ヴァルハラ、皇宮ヘイムダル。
その深部にある軍令部・作戦会議室は、重苦しい空気に包まれていた。
円卓の中央、ホログラム映像に映し出されているのは、無残に破壊された輸送船団の惨状。
そして、その上空を飛び去る『銀色の翼』の映像だった。
「……ネズミが、ようやく穴から出てきたか」
上座に座る老将、シュトラウス元帥が低い声で呟いた。
周囲の将官たちは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ヴォルゴフ少佐を殺害し、旗艦『ガルガンチュア』から逃亡して二週間……。潜伏しているとは思っていましたが、まさかレジスタンスの手先となって牙を剥くとは」
「英雄『歌う魔女』も堕ちたものだ。かつての部下を虐殺して生き延びるとはな」
彼らの口調にあるのは、驚きではなく「侮蔑」だった。
エルゼ・フォン・エーデルワイス特務少尉。
彼女は既に帝國軍の恥部であり、抹殺すべき汚点として認定されている。今回の襲撃は、その罪状に「裏切り」という決定的な刻印を押したに過ぎない。
「問題は、現場の兵士たちの動揺です」
情報将校が進言する。
「護衛のパイロットは、相手がエルゼ特務少尉だと知って攻撃を躊躇しました。彼女はいまだに現場の将兵にとって『第4遊撃隊の英雄』なのです。正規軍をぶつけても、士気に関わります」
「ふん。英雄など、死ねばただの肉塊だ」
元帥は冷淡に切り捨て、手元の端末を操作した。
「毒には毒を。……魔女を狩るには、魔女狩りの専門家をぶつければいい」
「まさか、元帥。『ケルベロス』を動かすおつもりですか?」
その部隊名が出た瞬間、室内の空気が凍りついた。
将官たちが青ざめた顔を見合わせる。
「あやつらは制御不能な狂犬です! 戦場に投入すれば、味方の被害も無視できませんぞ!」
「構わん。エルゼと『アヴェンジャー』は、帝國の威信にかけて破壊せねばならん。……手綱は私が握る」
元帥は、モニターに映るエルゼの機体を睨みつけた。
「帝國特務騎士団『ケルベロス』に出動命令を出せ。……反逆者の首を持ってこさせろ」
*
帝都の地下深く、地図にも載っていない閉鎖区画。
そこにある独房で、一人の男が目を覚ました。
全身を拘束衣で縛られ、目隠しをされた男。
部屋のスピーカーから、無機質な指令が流れる。
『――ハウンド1(ワン)、起床。任務だ』
男はゆっくりと首を巡らせた。
口元が歪に裂け、凶悪な笑みを浮かべる。
「……へぇ。お散歩の時間か?」
声と共に、拘束衣の拘束具が自動でパージされる。
男が立ち上がると、その背中には禍々しい魔導紋様が浮かび上がっていた。
帝國が極秘裏に開発した、対魔導士用の生体兵器。
正規の騎士号を持たぬ、名前なき処刑人たち。
『標的は『アヴェンジャー』。搭乗者はエルゼ・フォン・エーデルワイス』
「あぁ、あの歌姫か……。いい声で鳴きそうだ」
男は渡されたタブレット端末に映る銀色の機体を見て、舌なめずりをした。
「了解だ。……食い散らかしてやるよ」
帝國の闇の底から、最悪の追手が放たれようとしていた。




