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第47話 罪と対価



 アヴェンジャーが滑走路に着陸した瞬間、私の意識は糸が切れたように途切れかけた。

 全身から汗が噴き出し、右腕は焼け付くように熱い。


「……おい、しっかりしろ。自分で降りられるか?」


 後席のカイルに肩を揺すられ、私は現実に引き戻された。

 キャノピーが開く。

 外からは、ワァァッ! という歓声が聞こえてきた。


「大量だ! 食料も、弾薬も、医薬品もあるぞ!」

「これで冬を越せる! でかしたぞ!」


 私たちが奪い取った――輸送船団から略奪した物資を見て、レジスタンスたちが喜び勇んでいる。

 その光景は、帝國軍から見れば「野盗の宴」そのものだろう。


 私は震える足でステップを降りた。

 地面に立つと、歓喜の輪から少し離れた場所にいた兵士たちと目が合った。

 彼らは私を見ると、気まずそうに目を逸らしたり、露骨に嫌悪の表情を浮かべたりした。


「……見ろよ。本当に撃ちやがったぞ」

「味方殺しの魔女か。背筋が凍るぜ」


 聞こえてくる陰口。

 当然だ。私は彼らのために戦ったのではない。

 ただ、殺戮のスキルを見せつけただけなのだから。


「……聞くな。行くぞ」


 カイルが私の肩を抱き寄せ、兵士たちの視線を遮るようにして歩き出した。

 それは乱暴だが、彼なりの不器用な庇い立てだった。


「……約束よ、カイル」

「分かってる。ついてこい」


 私たちは薄暗い地下通路を抜け、消毒液の匂いがするエリアへと足を踏み入れた。

 医療区画。

 その最奥にある集中治療室(ICU)の前で、ドクター・キースが待っていた。


「……帰ったか」


 キースは私の顔色と、包帯の下で脈打つ右腕を一瞥して鼻を鳴らした。


「顔色が悪いな。また寿命を削ってきたのか?」

「皮肉はいいわ。……妹は?」

「意識は戻った。だが、まだ絶対安静だ。興奮させるなよ」


 キースが顎で扉を指す。

 私は大きく深呼吸をした。

 右腕の袖をまくり、包帯をきつく巻き直す。この黒い鱗を、リズに見せるわけにはいかない。

 服についたオイルと硝煙の匂いを払い、強張った頬を叩いて、精一杯の「お姉ちゃんの顔」を作った。


 ガラリ。

 重い扉を開ける。


 そこは、無機質な機械音だけが響く白い部屋だった。

 部屋の中央、大きなベッドの上に、小さな隆起があった。

 無数のチューブとコードに繋がれた、痩せっぽちの少女。


「……リズ」


 私が声をかけると、シーツが微かに動いた。

 ゆっくりと、長い睫毛が震え、薄く目が開けられる。

 焦点の合わない瞳が、ぼんやりと私を捉えた。


「……お、ねえ……ちゃん?」


 掠れた、今にも消えそうな声。

 けれど、それは確かに私の最愛の妹の声だった。


「そうよ。お姉ちゃんよ」


 私はベッドの脇に跪き、彼女の頬にそっと手を添えた。

 温かい。

 生きている。

 つい数時間前、かつての仲間を殺したこの手で触れていいのかと、一瞬だけ躊躇いがよぎる。

 でも、リズは私の手を弱々しく握り返してきた。


「……ここ、どこ? くらい……こわいよ」

「大丈夫。ここは安全な場所よ。悪い人たちはもういないわ」


 嘘だ。ここは敵地で、私は囚人で、私たちはいつ殺されるか分からない。

 それでも、私は微笑んだ。


「お姉ちゃんがずっと一緒だからね。だから、今はゆっくりお休み」

「……うん。……おねえちゃん、泣いてるの?」

「ううん、泣いてないよ。……嬉しくて、汗が出ちゃっただけ」


 リズは安心したように、再び瞳を閉じた。

 規則正しい寝息が聞こえ始める。

 私はその寝顔を、網膜に焼き付けるように見つめ続けた。


 ――これでいい。

 この寝顔を守れるなら、私はあと何百人だって殺せる。

 裏切り者と罵られようと、地獄に落ちようと構わない。


 背後でドアが開く気配がした。

 面会時間の終了だ。


「……待っててね、リズ」


 私は彼女の額に口づけを落とし、立ち上がった。

 振り返ると、カイルがドア枠に寄りかかって私を見ていた。

 私は涙を拭い、いつもの冷徹な表情で彼を見返した。


「……満足したか?」

「ええ。……十分すぎるくらい」


 私の答えに、カイルは深く息を吐き出し、重苦しい表情で頭を掻いた。


「……そうか。ならいい」

「次の仕事はいつ? まだ飛べるわよ」


 私が尋ねると、カイルは顔をしかめ、私の頭を乱暴にポンと叩いた。


「馬鹿野郎。生き急ぐな」

「……っ」

「上層部には俺から報告しておく。今日はもう休め。……お前が倒れたら、あの子が悲しむぞ」


 それだけ言うと、カイルは背を向けて歩き出した。

 その背中は、私に無理やり引き金を引かせたことへの疲労と、僅かな罪悪感を滲ませているように見えた。


 私はカイルの背中を見送り、再び冷たい廊下へと歩き出した。

 足取りは重いが、心は静かだった。

 守るべき命の温もりが、私の右手に残っていたから。


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