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第46話 最初の引き金



 夜明け前のハンガー。

 私はいつもの後席バックシートへ足をかけようとして、カイルに止められた。


「違う。……今日、お前は前だ」

「え?」

「お前が飛び、お前が撃つんだ。俺は後ろで特等席から見物させてもらう」


 カイルの目は笑っていなかった。

 これは「試験」なのだ。

 私が本当に帝國を撃てるのか。その覚悟を、操縦桿を握る手で証明しろという命令。


「……分かったわ」


 私は大人しく前席フロントシートに滑り込んだ。

 慣れない視点の高さ。目の前に広がる計器類。

 そして、本来はレーダー手席にあるはずの「接続端子」が、強引に前席まで延長されているのが見えた。

 まるで、囚人を繋ぐ鎖のように。


 夜明け前の空は、血のように赤黒く染まっていた。

 雲海を切り裂き、アヴェンジャーが疾走する。


 狭いコクピットの中、私は前席で操縦桿を握り、右腕をコンソールに直結させていた。

 後席バックシートにはカイルが座っている。

 彼は私の監視役であり、もし私が裏切れば、即座に私の頭を撃ち抜く処刑人でもある。


「……見えたぞ。11時方向、輸送船団だ」


 インカム越しに、カイルの低い声が響く。

 雲の切れ間、巨大な輸送飛行船が三隻。護衛の軽竜騎兵ドラグーンは二機。


「行くぞ、エルゼ。……挨拶は済ませてあるか?」

「ええ。……いつでも」


 私は覚悟を決め、スロットルを開放した。

 ドクン、と背中の魔導炉が脈打ち、アヴェンジャーが咆哮を上げる。

 急降下。

 敵のレーダーが私たちを捕捉するより早く、死角から肉薄する。


『――敵影確認! 上空直上!』

『速い……ッ!? この識別信号シグナルは……!』


 敵の通信を傍受する。

 ドラグーンが慌てて散開し、機首をこちらに向けてきた。

 彼らは迷わなかった。即座に、殺意に満ちたロックオンアラートが鳴り響く。


『間違いない! 手配中の離反機だ!』

『ヴォルゴフ少佐の仇! 裏切り者の魔女を落とせェェッ!!』


 かつての味方からの、純粋な殺意。

 英雄としての敬意など欠片もない。私は彼らにとって、敬愛する指揮官を害し、軍を泥足で抜けた憎き反逆者なのだ。


(……そうよ。それでいい)


 私は唇を噛み締め、操縦桿を倒した。

 迫りくる魔導弾の雨を、アヴェンジャーの異常な機動力で回避する。

 視界(HUD)の中で、かつての同僚機が赤い照準に捉えられる。


「撃て! エルゼ!」


 背後からカイルが叫ぶ。

 分かっている。

 撃たなければ、落とされるのは私たちだ。


 ――ごめんなさい。


 謝罪は声に出さず、私は引き金を引いた。


 ガガガガガッ!!

 機首の機関砲が火を噴く。

 魔力を纏った大口径弾が、ドラグーンの装甲を紙のように引き裂いた。


『ぐあっ!? ば、馬鹿な、この動き……!』

『くそっ! 化け物がぁぁぁッ!!』


 一機目が爆散する。

 黒煙の中を突き抜け、私は残る一機の背後についた。

 相手は必死に回避機動を取るが、アヴェンジャーの速度にはついてこれない。


『ひ、ひぃぃッ! 来るな! 来るなァァッ!』


 通信機から聞こえる悲鳴。

 恐怖に歪むその声は、かつて私が守ろうとした兵士たちのものだ。

 だが、今の私は死神だ。


 ズドン!!

 至近距離からの一撃が、ドラグーンの魔導エンジンを撃ち抜いた。

 機体が空中分解し、火の玉となって雲海へ堕ちていく。


「……護衛の排除を確認」


 私は震える声で報告した。

 カイルは何も言わず、ただ私の肩を後ろから叩いた。

 それが「よくやった」という意味なのか、「もう戻れないぞ」という警告なのかは分からなかった。


 眼下では、護衛を失った輸送船団にレジスタンスの本隊が襲いかかっている。

 一方的な蹂躙。

 私はそれを、硝煙の匂いが充満するコクピットの中から見つめていた。


 今日、私は本当の意味で帝國を捨てた。

 この手でかつての仲間を葬り、その血で同盟の誓約書にサインをしたのだ。


(見ていて、リズ……)


 右腕の痛みが、罰のように私を苛んでいた。


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