第45話 裏切りの翼
整備作業から三日後。私は再び独房から引きずり出された。
連れて行かれたのは、タバコの煙が充満する作戦会議室だった。
「――遅いぞ、人殺し」
部屋に入った瞬間、数十人のパイロットたちの視線が私を刺した。
憎悪、侮蔑、殺意。
針のむしろという言葉が生温いほどの敵意だ。
その最前列に、カイルが腕を組んで座っていた。彼は私と目を合わせず、沈黙を守っている。
「座れ。貴様の席はそこだ」
バグラム大佐が指差したのは、末席のパイプ椅子だった。
私が座ると、大佐はプロジェクターの地図を指し棒で叩いた。
「貴様がもたらした暗号コードのおかげで、帝國軍の輸送ルートが判明した。明日未明、第三補給路を大規模な輸送船団が通過する。護衛は軽竜騎兵二機のみ」
そのルートを見て、私は息を呑んだ。
そこは帝國軍の重要な補給線であり、かつては私が「守る側」として飛んでいた空域だ。
護衛のパイロットも、輸送船の乗員も、昨日までの味方ということになる。
「作戦目標は輸送船団の全滅。……そして、この作戦には『アヴェンジャー』を投入する」
大佐の言葉に、室内がざわめいた。
「正気ですか大佐! あんな魔女と編隊を組めというんですか!」
「背中から撃たれますよ!」
パイロットたちが口々に抗議する。
大佐は冷ややかな目で私を見た。
「勘違いするな。彼女は僚機ではない。……囮だ」
「えっ?」
「アヴェンジャーを先行させ、敵の護衛を引きつけさせる。その隙に本隊が輸送船を叩く。……エルゼ、貴様は敵の注意を引けばいい。撃墜されても構わんし、もし裏切れば――」
大佐は懐から起爆装置のようなものを取り出した。
「機体に仕込んだ自爆装置を作動させる。貴様と、ICUで寝ている妹の生命維持装置は連動していると思え」
徹底していた。
彼らは私をミリとも信用していない。ただの「使い捨ての爆弾」として利用する気だ。
「……了解しました」
私は短く答えた。
反論する権利など、最初から持っていない。
「待ってください大佐」
そこで初めて、カイルが口を開いた。
「囮にするのはいいが、彼女の手足を縛りすぎだ。アヴェンジャーの武装ロックは解除してください。丸腰じゃ囮にもなりません」
「……武装させれば、我々に牙を剥くかもしれんぞ?」
「その時は俺が落とします。俺が彼女の監視役として、直上につきます」
カイルの視線が、私を真っ直ぐに射抜いた。
その目は「余計なことをするな」と言っていた。
彼は私を守るために、あえて冷徹な監視役を演じているのだ。
「……いいだろう。ただし、少しでも怪しい挙動を見せれば即座に爆破する。肝に銘じておけ」
会議は終わった。
パイロットたちが露骨に私を避けて部屋を出て行く中、カイルがすれ違いざまに囁いた。
「……相手は昨日までの味方だぞ。撃てるか?」
私は立ち止まり、震える左手を握りしめた。
顔も知らない誰かかもしれないし、よく知った誰かかもしれない。
明日の空で、私は彼らを殺さなければならない。
「……撃つわ。リズのためなら、悪魔にだってなる」
「そうか。……なら、引き金は躊躇うな。迷えば死ぬぞ」
カイルはそれだけ言い残し、部屋を出て行った。
残されたのは、机の上に広げられた作戦地図と、自分の心臓の音だけ。
裏切りの翼。
明日、私はその翼で、帝國を、かつての仲間を焼き尽くす。
それが、妹を生かすための代償だというなら。




