第44話 竜の整備士
ガチャン、と足枷が外される音がコンクリートの床に響いた。
「立て。仕事の時間だ」
看守の無機質な声と共に、私は独房から引きずり出された。
行き先は尋問室ではない。
油と焦げ臭い匂いが充満する、巨大な地下格納庫だ。
広大な空間の中央に、それは鎮座していた。
『アヴェンジャー』。
無数のケーブルやパイプに繋がれ、装甲板を剥がされたその姿は、解剖台に乗せられた巨大な怪物の死骸のようだった。
「……遅いぞ、魔女」
整備班長のマードックが、汚れたウエスで手を拭きながら睨みつけてくる。
その周囲には、十数名の整備兵たちが作業を止めて私を見ていた。
怯え、嫌悪、そして好奇心。
まるで猛獣の見世物小屋だ。
「この『心臓』のご機嫌が悪くてな。通常の魔導回路じゃ接続を受け付けねえんだ。……お前がやれ」
マードックが顎で示したのは、機体背部に露出した『ファフニールの魔導炉』だった。
黒い球体状の炉心は、周囲の空間を歪めるほどの瘴気を放っている。
普通の人間なら、近づくだけで魔力酔いを起こすレベルだ。
「……分かったわ」
私は監視の銃口を背中に感じながら、作業用リフトに乗り込んだ。
炉心の前に立つ。
ドクン、と黒い鼓動が肌を打つ。
こいつは飢えている。
「工具はいらない。……回路を開いて」
「あぁ? 素手で触る気か?」
「普通の工具じゃ、魔力干渉で溶けるわよ。……早くして」
私の指示に、整備兵が恐る恐る制御弁を開放する。
ブシュゥゥッ!
高濃度の魔素蒸気が噴き出し、整備兵たちが悲鳴を上げて後退る。
だが、私は逃げない。
私は包帯を解き、露わになった「右腕」を蒸気の中へ突き出した。
バチチチチッ!!
紫色の稲妻が走り、私の鱗を焼く。
激痛。
だが、それは同時に「快感」でもあった。
私の右腕が、魔導炉と同調し、物理的なケーブルではなく「魔力の神経」を接続していく。
(……繋がりなさい。あんたを御せるのは、私だけよ)
ズプッ。
私は右手を、炉心のドロドロとした中枢へ直接突っ込んだ。
肉と機械が融合する、あの悍ましい感覚。
「う、うわぁ……」
「なんだあれ……本当に人間かよ……」
下から、整備兵たちの震える声が聞こえる。
彼らには、私がどう見えているのだろう。
機械を修理する整備士か、それとも機械を喰らう化け物か。
ギィィィン……!
不協和音を上げていた魔導炉の回転音が、次第に整った重低音へと変わっていく。
同調完了。
私は黒い粘液に塗れた右腕を引き抜いた。
「……終わったわ。出力調整、安定」
私がリフトから降りると、整備兵たちはモーゼの海割れのように道を開けた。
誰も私と目を合わせようとしない。
ただ一人、マードック班長だけが、複雑な表情で計器の数値を見ていた。
「……完璧な調整だ。悔しいがな」
「どういたしまして。……次の作業は?」
「今日はもういい。……連れて行け」
マードックが看守に合図する。
私は再び手錠をかけられ、独房へと連れ戻される。
背中で、アヴェンジャーが満足げに唸っているのが聞こえた。
私とあいつは、共食いをする相棒だ。
リズを生かすためなら、私はこの右腕だけでなく、全身をあいつに差し出してもいい。
薄暗い廊下を歩きながら、私は冷え切った右手を胸に押し当てた。
そこにはまだ、機械の熱と、消えない呪いの感覚が残っていた。




