第43話 新しい首輪
どれくらいの時間が経ったのか。
地下の独房には窓がなく、時間の感覚が麻痺していく。
私はただ、コンクリートの壁のシミを数えて過ごしていた。
不意に、鉄扉の鍵が開く音がした。
看守ではない。もっと乱暴で、聞き覚えのある足音。
「……遅かったじゃない」
私が顔を上げると、カイルが鉄格子の向こうに立っていた。
彼はひどく疲れた顔をしていたが、手には小さな紙袋を持っていた。
「上層部(お偉いさん)との会議が長引いてな。……ほらよ、差し入れだ」
カイルが格子の隙間から紙袋を放り投げる。
中に入っていたのは、黒パンとチーズ、それに紙パックの野菜ジュースだった。
豪勢な食事ではないが、今の私には宝石に見えた。
「……ありがとう。毒入りじゃないでしょうね?」
「安心しろ。毒を入れるなら、もっとマシな料理に混ぜる」
カイルは格子の前にあぐらをかいて座った。
「取引は成立だ。お前の持ってきたデータは『極上』だったよ。帝國の暗号化キー、あれのおかげで司令部は大喜びだ」
「そう。……じゃあ、リズは?」
「治療は継続される。集中治療室(ICU)からも出なくていいそうだ」
その言葉を聞いて、私は全身の力が抜けた。
よかった。
本当に、よかった。
「……ただし、条件がある」
カイルの声が低くなる。
「お前の身柄は、俺の監視下に置かれる。名目上は『協力者』だが、実質は『生体部品』だ。……アヴェンジャーが飛ぶ時以外は、この独房か、ハンガーでの整備作業しか許されない」
予想通りだった。
帝國では「歌う魔女」として飼われ、ここでは「対帝國用の兵器」として飼われる。
首輪の色が変わっただけだ。
「構わないわ。リズが生きていられるなら、私は何にでもなる」
「……お前、本当にそれでいいのかよ」
カイルが苛立ったように頭を掻いた。
「一生、陽の当たらない場所で、人殺しの道具として使い潰されるんだぞ。……自由になりたくて逃げ出したんじゃねえのか」
「自由?」
私はパンを齧りながら、自嘲気味に笑った。
「そんなもの、最初から求めてないわ。私が欲しかったのは、リズが『人』として死ねる場所よ。……戦場の空で、実験動物として散るんじゃなくてね」
カイルは何も言わなかった。
ただ、沈痛な面持ちで私を見つめていた。
その目は、私を哀れんでいるようにも、怒っているようにも見えた。
「……一つだけ、いいことを教えてやる」
カイルが立ち上がり、鉄格子を掴んだ。
「リズの意識が戻った。……まだ面会はできないが、キースの話じゃ、峠は越えたらしい」
「っ……!」
「お前が呼びかけたのが聞こえたんだとさ。『お姉ちゃん』って、うわ言で呼んでたそうだ」
視界が滲む。
私はパンを握りしめたまま、声を押し殺して泣いた。
帝國を売り、誇りを捨て、怪物に身を堕としても。
その一言だけで、全てが報われた気がした。
「……カイル」
「なんだ」
「ありがとう。……あなたも、共犯者でいてくれて」
「……勝手に巻き込んだくせに、よく言うぜ」
カイルは背を向け、手をひらひらと振って去っていった。
その背中が見えなくなっても、私はしばらく泣き続けていた。
冷たい独房。
けれど、今の私には、ここが世界で一番温かい場所に思えた。




