第42話 共犯者の証明
整備ハンガーは、葬式のような重苦しい空気に包まれていた。
中央に鎮座するのは、満身創痍の『アヴェンジャー』。
黒いオイルと煤にまみれ、ツギハギだらけのその姿は、英雄の帰還というよりは、地獄から這い出てきた亡霊のようだった。
「……酷いもんだな」
整備班長の老爺、マードックが顔をしかめて唾を吐いた。
「フレームは歪んでるし、何よりこのエンジン……『黒竜』の心臓か。こんな呪物を持ち込みやがって。他の機体に悪影響が出たらどうするんだ」
「文句を言うなよ、爺さん。こいつのおかげで俺は帰ってこれたんだ」
俺はアヴェンジャーのコクピットに潜り込み、メインコンソールのパネルを剥がしていた。
周囲の整備兵たちは遠巻きに俺を見ている。
そこにあるのは敬意ではない。疑念と、恐怖だ。
――カイル大尉は、魔女にたぶらかされたんじゃないか?
――あいつはもう、俺たちの知ってる英雄じゃない。
ヒソヒソと囁く声が聞こえる。
無理もない。俺は、多くの仲間を殺した『歌う魔女』を連れ帰り、あまつさえ彼女を庇ったのだ。
裏切り者扱いされても仕方がない。
「……あった」
コンソールの奥、ブラックボックスの記録媒体を引き抜く。
エルゼが言っていた「裏切りの証拠」だ。
俺は携帯端末を接続し、中身を確認した。
『PROJECT: FAFNIR - Backdoor Access Key』
表示された文字列を見て、俺は思わず口笛を吹いた。
本物だ。
帝國軍の戦術データリンクへの侵入コード。これがあれば、敵のレーダー網や作戦指令を筒抜けにできる。
金で買えるレベルの情報じゃない。帝國の喉元にナイフを突きつけるに等しい、劇薬だ。
(馬鹿な女だ……。これじゃあもう、本当に戻る場所がなくなるぞ)
エルゼは、このデータを手土産に、自らの退路を完全に断ったのだ。
たった一人の妹を生かすために。
「おい、カイル!」
背後から怒鳴り声がした。
振り返ると、飛行隊の若手パイロット、ヴァンスが顔を真っ赤にして立っていた。
かつての俺の部下だ。
「どういうつもりですか! なんであんな女を助けたんです!」
「ヴァンスか。……助けたんじゃない。利用してるだけだ」
「嘘だ! あいつは俺の僚機を撃墜した! あいつの歌が聞こえると、みんな狂ったように落ちていくんだ……! そんな化け物を、なんで!」
ヴァンスが俺の胸倉を掴む。
その目には涙が溜まっていた。
俺は抵抗せず、静かに彼の手を解いた。
「……だからこそだ」
俺は記録媒体を目の前にかざして見せた。
「化け物を殺すには、化け物の知識が必要だ。こいつは帝國を殺すための毒だ。……俺が責任を持って管理する」
「信用できません! あんただって、いつ取り込まれるか……!」
「その時は俺ごと撃て。お前ならできるだろ?」
俺が凄むと、ヴァンスは悔しそうに唇を噛み、走り去っていった。
残されたのは、再びの静寂と、冷ややかな視線だけ。
(……やれやれ、嫌われ役は性に合わねえんだがな)
俺はため息をつき、端末を懐にしまった。
これでエルゼの処刑は回避できる。
だが、それは彼女を生かすためではない。
レジスタンスという名の新しい「飼い主」に、首輪を付け替えさせるだけのことだ。
俺はハンガーを出て、司令室へと向かった。
足取りは重い。
だが、あの独房で震えているであろう「共犯者」のことを思うと、不思議と足が止まることはなかった。
俺たちはもう、泥沼に片足を突っ込んでいる。
だったら、最後まで付き合ってやるさ。




