第41話 魔女の供述
滴る水の音が、時計の秒針のように響いていた。
地下独房の空気は冷たく、カビと錆びた鉄の匂いが鼻をつく。
私はコンクリートの床に座り込み、膝を抱えていた。
手錠は外されたが、代わりに部屋の四隅には対魔導障壁の発生装置が設置されている。
魔法を使おうとすれば、電流が走る仕組みだ。
もっとも、今の私にそんな余力はないけれど。
(リズ……無事かしら)
右腕が疼く。
黒い鱗に覆われたこの腕は、魔力を失った今でも熱を持ち、ドクンドクンと不気味に脈打っている。
まるで、まだ戦いを求めているかのように。
ガチャン、と重い金属音がして、鉄扉が開いた。
入ってきたのは二人。
一人は昨日の基地司令官。もう一人は、記録係と思しき女性将校だ。
カイルの姿はない。
「……気分はどうだ、元王女殿下」
司令官がパイプ椅子を蹴るようにして私の前に置き、ドカと座った。
胸の名札には『バグラム大佐』とある。
歴戦の傷跡が残る顔は、私への嫌悪感を隠そうともしていなかった。
「最高よ。帝國の貴賓室より居心地がいいわ」
「減らず口を。……さっさと始めよう。貴様の妹の治療費は安くないんだ」
バグラム大佐が手元のファイルを放り投げた。
そこには、私が帝國のエースとして撃墜したレジスタンス機のリスト――死亡者名簿が記されていた。
「貴様が殺した我が軍のパイロットは42名。その中には私の部下も、友人もいた」
「……そう」
「即座に銃殺刑にしてもいい。だが、カイル大尉がうるさくてな。『彼女は生きた情報源だ』と騒ぎ立てている」
大佐は身を乗り出し、私の目を覗き込んだ。
「取引だ、エルゼ。貴様の処刑を先延ばしにするだけの『価値』を示せ。……帝國の旗艦『ガルガンチュア』、そしてあの黒い竜『ファフニール』の弱点はなんだ?」
尋問というよりは、脅迫。
だが、私は冷静だった。
こうなることは予想していたし、売れる情報は持っている。
「……ファフニールは未完成よ。心臓の出力が高すぎて、制御系が追いついていない」
「ほう?」
「だから、パイロットの神経を直結させて制御する。……私たちが乗ってきた『アヴェンジャー』と同じ構造ね。弱点は、長時間稼働によるオーバーヒートと、パイロットへの精神汚染」
私は自分の右腕をさすった。
「長時間飛べば、パイロットは理性を失い、ただの殺戮兵器になる。……そこを叩けばいい」
「なるほど。理屈は通る」
大佐は頷いたが、すぐに冷笑を浮かべた。
「だが、それだけか? そんな一般論で妹の命が買えると思うなよ」
空気が張り詰める。
この男は、もっと決定的な「何か」を求めている。
私は少し躊躇ったが、覚悟を決めて口を開いた。
「……暗号コード」
「何?」
「帝國軍の戦術データリンクに侵入するための、バックドアの暗号。……ヴォルゴフ少佐の端末から盗み出したわ」
それは、私が脱出する際に、無意識に脳内の記憶領域へコピーしていたデータだ。
これがあれば、レジスタンスは帝國軍の通信を傍受し、動きを先読みできる。
国家反逆罪どころの話ではない。完全に、帝國を売る行為だ。
「……証明できるか?」
「『アヴェンジャー』のメモリーバンクに、私の脳波データと一緒に残ってるはずよ。カイルに解析させて」
大佐の目の色が、獲物を見つけた猛禽類のように変わった。
彼は立ち上がり、記録係に目配せをした。
「確認させる。……もし嘘だったら、妹の生命維持装置を抜くぞ」
捨て台詞を残し、大佐たちは出て行った。
再び訪れる静寂。
私は大きく息を吐き出し、冷たい壁に背中を預けた。
売れるものは全部売った。
誇りも、帝國の機密も。
今の私は、ただ妹を生かすためだけに存在する、薄汚い裏切り者だ。
「……カイル。うまくやってよね」
暗い独房の中、私は唯一の「共犯者」の名を呟いた。




