第40話 魔女の審判
ギャギャギャギャギャッ!!
アヴェンジャーの着陸脚が、岩だらけの滑走路を削り取る。
猛烈な火花と土煙。
タイヤなどない。機体の腹を擦り付け、摩擦熱で装甲が赤熱するほどの強引な停止だった。
「止まれェェェッ!!」
カイルが操縦桿を引くのと同時に、機体はようやく停止した。
プスン、と魔導炉が不完全燃焼の咳をする。
静寂は訪れなかった。
直後、ウゥゥゥゥ! という空襲警報が鳴り響き、四方八方から武装した兵士たちが駆け寄ってきたのだ。
「動くな! ハッチを開けろ!」
「武器を捨てて出てこい!」
無数のライフルと、魔導兵器の照準が私たちに向けられる。
私は動かない右腕で、意識のないリズを強く抱きしめた。
「……行くぞ、エルゼ。俺についてこい」
カイルがハッチを蹴り開ける。
両手を上げてステップを降りると、兵士たちの間に動揺が走った。
「カイル隊長!? 本当に生きて……」
「幽霊じゃねえよ。それより医療班はどこだ! 急患がいるんだ!」
カイルが叫びながら、コクピットの私に手を貸そうと振り返る。
私がリズを抱えて、外の光の中に姿を現した、その時だった。
ザッ!
兵士たちの空気が、一瞬で凍りついた。
そして、先ほど以上の殺気が膨れ上がった。
「……おい、嘘だろ」
「銀髪に、赤眼……」
「帝國の『歌う魔女』だ! 奴がカイル隊長を人質に取ってるぞ!」
カチャリ。
数十の安全装置が解除される音。
私に向けられる憎悪の視線。
当然だ。私は彼らの仲間を、何人もこの手で葬ってきたのだから。
「撃て! 魔女を殺せ!」
一人の兵士が引き金に指をかけた瞬間。
「撃つんじゃねえェェェッ!!」
カイルが私の前に立ちふさがり、兵士の銃口を手で掴んで押し下げた。
獣のような咆哮に、兵士たちがたじろぐ。
「隊長!? そいつは敵ですよ! 多くの仲間を……!」
「こいつは今は俺の相棒だ! それに、抱えてる子供が見えねえのか! ただの瀕死のガキだぞ!」
「し、しかし……!」
一触即発。
私が動けば、カイルごと撃ち抜かれかねない状況。
その緊張を破ったのは、低く、しゃがれた声だった。
「――どけ。患者が死ぬぞ」
兵士の壁が割れ、白衣を着た小柄な男が現れた。
無精髭に、ぐるぐる眼鏡。
手には医療カバンではなく、工具箱のようなものを持っている。
ドクター・キースだ。
「キース! 頼む、こいつを……!」
カイルが駆け寄ろうとするが、キースは手で制して私に近づいてきた。
彼は私の顔を見ても、リズを見ても、眉一つ動かさない。
ただ、リズの首筋に聴診器を当て、数秒だけ目を閉じた。
「……マナ欠乏症の末期だ。心拍低下、血中魔素濃度は危険域。あと十分遅かったら手遅れだったな」
淡々とした診断。
キースは後ろの担架を持った男たちに顎で指示した。
「運べ。集中治療室(ICU)だ。高濃度の魔素タンクを用意しろ」
「お、お願いします……!」
私がリズを担架に乗せようとすると、リズの小さな手が、私の服を掴んで離さなかった。
無意識なのだろう。彼女は恐怖に顔を歪めている。
「……離れろ、魔女」
キースが冷たく言い放つ。
「ここから先は無菌室だ。お前のような、血とオイルにまみれた人間が入れる場所じゃない」
「でも……!」
「妹を助けたいなら、手を離せ。それとも、お前がその呪われた腕で手術でもするか?」
その言葉に、私は息を呑んだ。
私の右腕。黒い鱗。人殺しの腕。
そうだ。これは、命を救うための手ではない。
「……っ」
私はリズの指を、一本ずつ、ゆっくりと解いた。
ごめんね、リズ。
今は、お別れだ。
「……頼みます。どうか、妹を」
私が頭を下げると、キースは鼻を鳴らし、担架と共に足早に去っていった。
リズの姿が見えなくなるまで、私は動けなかった。
「……さて」
背後で、再び銃口が構え直される気配がした。
カイル以外の全員が、私を敵として見ている。
その中の一人、階級章をつけた強面の男――おそらく基地司令官が進み出てきた。
「カイル大尉。生還は喜ばしいが……説明してもらおうか。なぜその『魔女』を連れ帰った?」
「同盟を結んだんです、大佐。こいつは帝國を裏切った。重要な情報源にもなります」
「信じられんな。スパイの可能性もある」
司令官は私の目の前に立ち、腰の拳銃に手をかけた。
「識別名『歌う魔女』、エルゼ。貴様を国家反逆罪および、我が軍に対する大量虐殺の罪で拘束する。……言い残すことはあるか?」
私はカイルを見た。
彼は必死に何かを言おうとしていたが、私は首を横に振って止めた。
これは、私が背負わなければならない罪だ。
「……ありません。煮るなり焼くなり、好きにして」
私は両手を――包帯の巻かれた右腕と、震える左手を差し出した。
「ただし、妹だけは助けて。……それだけが条件よ」
ガチャリ。
冷たい手錠が、私の手首にかけられた。
リズの命が繋がった今、私に残されたのは、過去の罪と向き合う冷たい独房だけだった。




