第4話 裏切りの空
感傷に浸る時間は、コンマ一秒も与えられなかった。
「堕ちろッ! エルゼェェェッ!」
通信機越しの絶叫と共に、蒼い竜が真っ直ぐに突っ込んでくる。
躊躇いなど微塵もない。明確な、純度一〇〇%の殺意。
それがかつて、私に「背中はお前に任せる」と笑いかけた男の今の感情だった。
「――ッ!」
私は反射的にスロットルを叩き、機体を垂直上昇させる。
直後、私の竜の腹の下を、カイルの機体が凄まじい速度で通り過ぎた。
すれ違いざまに放たれた魔弾が、愛機の装甲をガリガリと削り取る。
速い。
帝國軍の重装甲な量産機とは違う。あれは、かつてシルヴァ王国が誇った高機動型――私たちが共に駆った翼だ。
『なぜだ……なぜ生きている! なぜ帝國の首輪を付けてそこにいる!』
カイルの声が追撃してくる。
私は上昇の頂点で機体を反転させ、背面飛行のまま彼を視界に捉えた。
「生きるためよ。それ以外の理由が必要?」
私は極めて冷淡な声を返した。
喉が張り裂けそうになるのを必死で抑え込む。
妹を人質に取られているとは言えない。言えば、帝國の盗聴班が即座に私の首を飛ばし、妹も処分するだろう。
だから私は、祖国を売った卑劣な女を演じ切るしかない。
『生きるためだと……? 仲間たちが処刑され、国が焼かれている時に、お前だけがぬくぬくと飼い犬になったと言うのか!』
『そうよ。誇りじゃお腹は満たせないもの』
あえて、最も彼を逆撫でする言葉を選んだ。
無線の向こうで、カイルが息を飲む気配がした。そして、その沈黙はすぐに爆発的な怒りへと変わる。
『貴様だけは……俺が殺すッ! それが、お前を信じて死んでいった者たちへの手向けだ!』
蒼い竜が空中で強引にブレーキをかけ、物理法則を無視した鋭角ターンを決めてくる。
正面衝突コース。
チキン・レース。避けた方が負けだ。
(……腕を上げたわね、カイル)
涙が出そうになるほど、彼の刃は鋭くなっていた。
まともにやり合えば、機体性能で劣るこちらが不利。
けれど――私には『歌』がある。
私はマイクのスイッチを切り、代わりに外部スピーカーへの魔力回路を接続した。
大きく息を吸う。
「あ、アァァァァァ――――ッ!」
歌う。
いや、それはもはや歌ではない。魔力を乗せた絶叫だ。
特定周波数の音波が空気を振動させ、指向性の衝撃波となってカイルの機体を襲う。
『ぐ、あぁッ!?』
カイルの竜が苦悶の声を上げ、バランスを崩した。
私の歌声は、生物の三半規管を直接狂わせる毒だ。
動きが鈍ったその一瞬。
私は冷徹な計算機のように、最適な射撃位置へと機体を滑り込ませた。
「終わりよ、カイル」
照準器の中、かつての友の背中が赤く染まる。
引き金にかけた指が、微かに震えた。
殺したくない。
でも、殺さなければ妹が死ぬ。私が死ぬ。
この空は残酷だ。どちらかが翼を折られ、雲海の下へ消えるまで、このダンスは終わらない。
私は奥歯が砕けるほど噛み締め――引き金を絞った。




