第38話 整備士と魔女
洞の外から、カン、カン、という金属を叩く音が聞こえてくる。
私はリズが目を覚まさないよう、そっと毛布をかけ直し、音のする方へと足を運んだ。
外は夜だった。
磁気嵐の影響でオーロラのように歪んだ月明かりの下、カイルがアヴェンジャーの装甲板を外して整備をしていた。
その背中は汗ばみ、油汚れで黒くなっている。
「……精が出るわね」
私が声をかけると、カイルは手を止めずに振り返った。
「おう。目が覚めたか、お姫様」
「その呼び方はやめて。……機体の調子は?」
「最悪だ。フレームはガタガタ、魔導炉の接続部は焼き付いてる。よくこれで空中分解しなかったもんだ」
カイルは呆れたようにスパナを回した。
剥き出しになった機体の内部は、焼け焦げたケーブルとひしゃげたパイプの山だった。
私の無理な「強制蘇生」の代償だ。
「……ごめんなさい。私のせいで」
「謝るなよ。おかげで生き延びたんだ。……それに、こいつはまだ死んじゃいねえ」
カイルが愛おしそうに、黒い魔導炉の表面を叩いた。
ドクン。
微弱だが、確かな脈動が返ってくる。
この心臓は、まだ私たちと共に戦う気でいる。
「さて、エルゼ。今後のことだが」
カイルが表情を引き締め、ウエスで手の油を拭った。
「とりあえずの追っ手は撒いたが、帝國軍は執念深いぞ。特にヴォルゴフを殺ったんだ、面子にかけて全軍で捜索に来る」
「そうね。……ここはいつか見つかる」
「ああ。だから、機体が動き次第、俺たちの拠点へ向かう」
カイルの言葉に、私は息を呑んだ。
レジスタンスの拠点。それは私にとって、別の意味で針のむしろだ。
「……いいの? 私は『歌う魔女』よ? あなたたちの仲間を何人も殺した」
「知ってるさ」
カイルは真っ直ぐに私を見た。
「だが、お前はリズを守るために戦ってた。そして今は、帝國に反旗を翻した『復讐者』だ。……俺が口利きしてやる。文句がある奴は、俺とこのアヴェンジャーが黙らせる」
強引で、乱暴な理屈。
けれど、今の私にはそれが痛いほど頼もしかった。
「……あなたって、昔からそうね。無鉄砲で、お人好しで」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。……ほら、手伝え。お前のその『腕力』が必要なんだ」
カイルが指差したのは、ひしゃげた主翼のフレームだった。
人力では到底曲げられない厚さの鋼鉄。
「ジャッキがねえんだ。頼めるか?」
「……人使いが荒いんだから」
私は苦笑し、右手の包帯を巻き直した。
黒い鱗に覆われた右腕。
醜い呪いの証だが、今はこれが、私たちの翼を直すための道具になる。
「せーのっ!」
グググッ……!
私が右腕に力を込めると、鋼鉄のフレームが悲鳴を上げて元の形へと戻っていく。
カイルがすかさず、歪みを修正した箇所に溶接バーナーを当てる。
バチバチバチッ!
青白い火花が散り、私たちの顔を照らす。
オイルの匂いと、鉄の焼ける匂い。
整備士と魔女。
奇妙なコンビによる、深夜の修復作業が始まった。
(……悪くない)
私は額の汗を拭いながら、隣で作業するカイルの横顔を見た。
帝國に追われ、レジスタンスにも居場所があるか分からない。
けれど、少なくとも今、この場所には、私とリズが生きていくための「明日」が作られている。
その夜、森の静寂の中に、アヴェンジャーの復活を告げるハンマーの音が響き続けた。




